ランボルギーニ社のテストドライバー、バレンティノ・バルボーニ氏、ミーティングで来日、申し訳ないけれど僕はこの人の存在を知らなかった。フリークの資格なし? トランクにサインをもらう。もしかしたら一生ものの宝! |
やはり人と同じものでは満足出来ない。元々気性の荒い犬種と聞いていたが、何のことはない、普通の飼いやすい犬だった。今や完全に家族の一員、留守番をさせると家に置いて行かれることに対して強く抗議して吠えまくる。 |
もう何度となく行っているが曇りが多く、なかなかお目にかかれない。わざわざ治安の悪いロハス通り沿いにホテルをとってでも見る価値があるから と説明してくれた患者さんに感謝! | ||||||||
工藤進英先生、我が母校の消化器内科の教授、pit patternで大腸の病変は悪性か良性か判断出来る、だから観察だけで生検をするな と言うのが最近の風潮。工藤教授に「僕の紹介患者さんも受けていただけますか?」とお願いしたところ、快諾をいただいた。 |
ガレージハウス風になったクリニックの一室、バイクにブルゾン、そして林部研一氏のF40のイラストを飾っている。いずれは使わなくなった理学療法器をどけて応接セットを入れる予定。患者さんにリラックスしていただく空間を作ろうと思っている。 |
6順目でもうテンパっていたんだよ! 九萬単騎、上がれると思っていたよ。しかしこの日はもうボロボロ、これを上がってやっとトントンのところまで持って行った。もしこれがなかったらこの日はボロ負けだったが。 | ||||||||
最高に美味しいけれど......、ウェイトレスの態度が嫌でもう二度と行かない。本当に残念! 最高の雰囲気、最高の料理なのに、たった一人のスタッフのやる気のなさが全てを台無しに。店にとっても大きな損失のはず。一方で自分の仕事にも通じるところあり、学ばせられる。 |
フィリピンのデザート、100円もしないのに、これが意外といける。かき氷に練乳、そしてナタデココみたいな食感のゼリー、更に必ず紫色のアイスクリームがついている。辛党でもあり甘党でもある僕はマニラに行くと必ずこれを食べる。 |
我が地区医師会の新年会にこの人が来たことも。そして数年後、日本の頂点に立って、更にあの醜態。確かに僕は自民党を見限って民主党に入れた。そして僕の選挙区の民主党候補はこの人、だけどゴメン、民主党には入れてもアンタには1票を投じなかった........。 | ||||||||
よく行くオープンカフェの前でくつろぐ我が愛犬。この後ろ足の開き方はテリア独特のものらしい。着ている服は家の近くのドッグカフェで売っていたもの。個人で作って委託販売していたものらしいが、エミリオ・プッチ風で飼い主のお気に入り。ちょっと細身に見えるよ。 |
夕暮れ時のバンコック市内。宿泊したホテルの窓からの風景。喧噪とスモッグと据えた匂いにまみれた退廃的な雰囲気を醸し出す街。だけど人々は笑顔にあふれ、ワイで感謝の意を表し、そして食べ物が美味しい街。もっと東にある日出ずる国の首都よりは遥かにましかも。 |
ツーリングの集合場所で、友人と見知らぬメンバーさんが話しているのを横で立ち聞きしていた。彼曰く「さっきさぁ、初心者マークつけているディアブロが走っていたんだよ!あれって、結構怖いよね.....。」話しを聞いていた友人は僕と目が合い、その彼を僕に紹介してくれた。そう、この日は娘の運転でツーリングに来ていた。 | ||||||||
バリ島のインターコンチネンタルホテルのプール。いくつものプールが点在し、早朝からスタッフが掃除し、落ちた木の葉を拾う。人件費の高い国では、ホテルの☆はなかなか増えない。 |
時々スタッフを連れて食べに行くステーキハウス、八王子うかい亭の鮑。これを塩釜蒸しにして独特のソースに絡めて食べる。主役のステーキをも押しのけるほどの美味。 |
先生の還暦を祝う会にて。時々飲みに誘ってもらっていた。未だ学生だった頃、もちろん医学部受験の勉強はしていたが、サーキットの狼も読んでいた。この人がいなかったら僕は今の車に乗っていない! とても還暦とは思えない若々しさ。 | ||||||||
パタヤビーチで一番大きいと言われるハードロックホテルのプール。高層階を確保出来れば海が見えたはずなのに、僕の部屋は2階、火事の時は良いかもしれないが、高いところからの景色が好きな僕としては大失敗。 |
パタヤビーチでCB1300をレンタルして街を走り回った。もうパタヤは全て見尽くしたと言って良いくらい見て回った。この時は未だ普通自動二輪免許しか持っていなかったが、国際免許ではこのクラスにも適応可能。そして結局大型免許を取ることに。 |
マレーシアのマラッカ、宿泊したエクトリアルホテルにて。夕暮れ時、ホテルのプール前で沈み行く夕日を眺めていた。マラッカは夕日が奇麗と聞いていたが、眺めるポイントが判らなかった。 | ||||||||
浜松のDiablo meetingで前泊したホテルで薦められた鰻屋さんで。棚盛りと言って、ご飯の下にもう1枚蒲焼きが隠されている。大食いの僕も持て余し気味なボリューム。でも、さすが本場の味、最高に美味しい! わざわざ浜松を目指した理由にはこれも。 |
ハノイの名門ホテル、メトロポールのベトナムレストランの春巻きセット。ハノイ駐在だった高校の先輩から薦められた。料理の味が人間を感動させることを改めて思い知らされたひと品。本当に涙が出そうだった。11種類の春巻きが並び、邦貨にして1500円ほど。 |
気心知れたクリニックのスタッフ達。彼女達なくして今の仕事は到底成り立たない。この4人の勤続年数の平均値は約12年! 居心地の良い職場? そして時々この日のように「美味しいもの食べに行こう!」と誘っている。みんな良い顔しているよ。 | ||||||||
かつてのクリニックの待合室の水槽内の水景。大型水槽のメンテに疲れて水槽を縮小した。水草はレイアウトの芸術的・美的センスと水草を育てる生物学的な知識が要求される。今はこれだけの水景を作れない。 |
マレーシア、クアラルンプールのペトロナス・ツインタワー。ビル全体は金属で出来ている? 建築はやはり美を競うもの? そう改めて考えさせられた。 |
ツーリングクラブのランチ・ミーティングで成田のラディソンホテルのガーデンへ。さすがに歳を考え、最近はエミリオ・プッチのシャツはもう着られなくなった。 | ||||||||
悪魔集会結成前の時代の集まり。この中の有志達が集まって出来たのが後の悪魔集会。ディアブロがたくさん、フェラーリよりもむしろランボが幅を利かせている。やはりディアブロが良い! |
毎年、看護学校で新たな学年の学生に最初の講義で自己紹介をするとき、必ず誘いをかける。飲みに行こうよ、大いに語り合おうよ って。そうしてこんな飲み会になる。もちろん飲み代は先生のおごり。 |
我が愛犬は車好き、助手席に座らせても、こんなにリラックスしてドライブを楽しんでいる。しかし一度、ハーネスを縛り付けているシートベルトを喰いちぎってくれたことがある。以来椅子に直接座らせず、箱に入れて乗せるようになった。 | ||||||||
バンコックのオープンカフェ風のカレー屋さんで。その前にパタヤビーチに泊まっていた。ずいぶん粗食に耐え、少し体重が落ちたところ。暑い街中でのタイ式グリーンカレーが旨い!! |
試乗させてもらったシーレイの31.5Ft、○○○○万の見積もりをもらって本気で購入を考えた時期があった。でもやはり到底無理、これほど贅沢な遊びはない。維持費も大変。結局、クルーザーを持つような身分ではないとの結論に達した。でも.......、見果てぬ夢があっても良いのではないか? |
半蔵門に移転してしまった青山のNOBU東京にて。偶然にもオーナーシェフのノブさんがいて、本当に気軽に一緒に写真に収まってくれた。決して順風ではなかったスタート、ドン底から這い上がって来た人だからこそ、これだけ人を魅了する料理が出来るのだと理解出来た。感動までも与えてくれるレストラン。 | ||||||||
昼休み中の女性スタッフ陣に院長からの差し入れ、たまにはこんなこともある。最近はクリニックの隣にロールケーキ屋さんが出来て、時々それも差し入れるようになった。みんなを連れてディナーに行くと、デザートは別腹、時にはデザートこそが主役にもなる。 |
娘のツーリングデビュー、さすがにそれほど飛ばすことはないが、3車線の真ん中をクルージングしている時、左から追い抜いて行くドライバーが娘と目が合うとみんな口を開けているのだそうだ。初心者マーク付きのスーパーカーは怖い? |
ミンダナオ島ダバオ市の沖合の島、サマール島のパールファームビーチリゾートに一人で宿泊。ラグーンの海をマリンジェットでぶっ飛ばす、これ以上の快感があるだろうか? 海も空も真っ青、この世の天国。 | ||||||||
やはりミウラはかっこいい! ランボルギーニフリークの憧れ、風吹裕矢に「これに乗れたら死んでも良い。」と言わしめた車。でも僕にとってはあまり速くないし、高いし、故障は多そうだし、維持費は大変そうだし.....。眺めているだけでいいや......。 |
バンコックでの移動手段トゥクトゥク、友人は事故を起こし危ないから乗るなと言う。しかし渋滞の横を風を切って走る快感と言ったらない! 値段は交渉制、タクシーより高いし、ドライバーは悪質、でもついつい乗ってしまう。 |
こちらはマニラでの移動手段ジプニー、日本人が乗ると危険だと言われていた。いきなり拳銃を突きつけられてあり金を持って行かれる? でも今や安くて便利で良く利用する。1回7~8ペソ、邦貨にして15円足らず。いずれ痛い目に遭うのか? | ||||||||
当院の女性スタッフ達が好むメニューの一つ、コラーゲンたっぷり、お肌にも良いし、何よりも美味しい。今回の震災で気仙沼のフカヒレもだいぶ被害を受けたよう。これから先、しばしなかなか手に入り難いかも。このスープは各店によってずいぶん違う。 |
毎年、ボジョレー・ヌーボーが出る頃、一家でよく行く店にこの牡蠣のアペタイザーが出る。全部で4種類。牡蠣はタンパク質、亜鉛が豊富、そしてビタミンも。食べることが出来ない季節があるからこそ、余計に食べられる季節がありがたい。 |
今や店がなくなってしまい、食べられなくなってしまった佐島マリーナ近くの寿司屋さんの海鮮サラダ。海老、ホタテ、イカ、白身の刺身などがこれでもか! と言うくらい入って1500円。本当に残念! 僕は一人でこのひと皿を食べてしまう。 | ||||||||
うちには取りあえず庭がある。何故そう呼ばれるのか知らないが、狭い庭を猫の額と言う。正にそんな庭に雪が積もる。雪明かりは大好き。子供が小さい頃は雪が降るとカマクラを作るのが父親の義務だった。今はそんな重労働から解放されている。 |
マラッカのホテルの窓からの眺め。ストレスがないと目覚ましなしでシャキッと目が醒める。この日は何と朝の5時半! 遠くに来た快感と一人で自由を感じる開放感に満ちあふれた爽快な朝! 太陽の方角にはマラッカ海峡。シルクロードの交差点はエキゾティックな街。 |
いつかはクラウンではなくてハーレー。でも時間が経てば経つほどこの重い鉄の塊を取り回す自信がなくなって来る。恐らくバイクで遠くへは行かない。濡れるのも嫌だし。街に買い物に出るのなら原付でOK。だから僕にはハーレーは必要ない? でもいつかは.....。 | ||||||||
昔勤めた病院の機関誌の新任自己紹介の投稿に僕はメン喰いだと書いた。但しラーメンのこと と。未だにラーメンは大好き。飲んだ後の1杯は欠かせなかったが、今ではかなり自分でセーブをしている。昼食がラーメンであることも多々ある。これは好きな京華の太肉麺。 |
もう一度、いつかは赤い跳ね馬を持ちたい。でもエンツォは無理だろうな? フェラーリの赤は特別。ワックスをかけ終わったあの艶は他の赤い車と別物。でもなかなか手に出来ない。だからこそ価値があるのか? おいそれ僕如きに簡単に手に入るのでは......。 |
バリ島のヌサドゥアビーチにて。真っ昼間からビールを飲むこと自体、日本で仕事をしている人を差し置くことを考えればものすごい優越感、更にそれが白い砂浜と青い海を目の前にしているならなおらさのこと。これでまた仕事に頑張れる。 | ||||||||
更にそれから3年
借入は未だ残るけれど完済の目処がそろそろ立ってきた、あと数年? と同時に老後の準備も気になり始めた
趣味は?と聞かれると真っ先に「旅行!」と答えるようになってきた 車はあまり乗らなくなった
診療時間でも、夜ちょっとパソコンに向かうときでも、最近は連休があるとその前後の日にマイレージで飛行機が取れないかどうか? インターネットでついつい見てしまうことが多くなりました。もしそんな時に理想的な便に空席があったら? サッと予約を取っちゃいます。後で僅かなPenaltyを払えば許してもらえる? 実はキャンセルしたことはありません。もちろん患者さんに臨時休診を周知しなければなりませんので、概ね2ヶ月くらいの猶予をもって探します。飛行機を予約してからスタッフ達に尋ねます。「ねえ、この○月の連休の時、中の日を臨時休診にして良い?」 もちろん特定健診や年末などの忙しい時期はなかなか自由が効きませんが、2月、6月、11月あたりは結構休んでしまいます。
そしてそんなやり方でスタッフからダメだと云われたことはありません。「エ〜ッ!?」 とか云いながら半分嬉しそうな顔をしている? 当院は周りのクリニックの如く木曜日は休みません。そう、僕は週休1.5日のみです。スタッフ達は仕事に無理が行かないように週休2-3日、いいえ、正社員のスタッフもそうです。うちの娘は週休1日しかないようだけれど。2013年は5回も海外旅行に行ってしまいました。でも休診にしたのは夏休みを入れて27日、木曜日休診なら年間52日は余分に休みです。「そう、時々休まないと死んじゃうよ。」 そう云っています。
車には本当に乗らなくなってしまいました。今の車を買った最初の1年、年間走行距離は13000kmでした。今は1年で3〜5千キロくらいしか走っていません。某雑誌が走行距離で10万km超えたらうちにまた取材に来ると云っていたけれど、また4〜5年かかりそうです。雑誌には「ベテラン」と掲載されてしまいました。でも体力は衰えてきて、長距離のドライビングが辛くなってきました。またフェラーリにもう一度乗りたいのですけれど...。
前ほど大食いでなくなってきたし、趣向も変わってきた
そう、かつては大食いが自慢でしたけれど、最近は本当に食べる量が減りました。肉食から魚系に移行してきました。かつて良く食べたカルビやサーロイン・ステーキはもう半分卒業? むしろ焼き肉ではロース、ステーキではフィレになりました。それもwelldoneで。でも僕の仕事は肉体労働、結構体力を使います。我がクリニックでもスタッフから話がありました。「新人○○さんのお昼の弁当箱が最近大きくなりました。」って。そうですよ、小食ではうちの重労働は勤まりません。自分で小食だなんて云っているのは「仕事をしません。」って云っているのと同じですよ。でも未だラーメンは欠かせません。ランチや夜食、或いは一人で出掛けた先の夕食がラーメンなんてことも良くあります。そう、最近は油そばが多くなってきました。行きつけが都内に5軒ほど。油そばは僕は通常大盛りです。特盛りにはしないけれど。家族での外食はかなり減りました。子供達が付き合えないことと、我が女房もあまり外に行きたがりません。全体的にActiveではなくなってきたみたいです。だからこそ! たまには海外に行きたいし、スタッフを連れて外で食べるのが楽しみです。さて、最近の3年間は?
我が愛犬も少し歳をとってきたようです。もう7歳を超えました。かつてはご迷惑を掛けたのか? 久しぶりに会う人からは「大人しくなってあまりプレッシャーを感じなくなったね。」とか「前みたいにバシッと来なくなったね。」とか云われました。未だ夜に勉強会や集まりがない時は朝晩に僕が、そして昼には女房が散歩に連れ出しています。トイレは散歩の時しかしません。粗相をすることも全くありません。でも昼間から寝てばっかり、羨ましい人生(犬生?)だね? たまには替わってよ!
(平成26年春 記)
タイ、バンコクの僕の一番好きなスポット、バニヤン・トゥリーホテルの屋上、Vertigoと云うBar&Restrant。バンコクは何度となく来ていたが、ここを訪れたのは数年ぶり。天気もバッチリ、至福の時を過ごせた。 |
フィリピン、スービックのホテル、ワイルドオーキッドのプールとバー。L字型のプールはかなり大きく、日当たりも良好。十分に日焼け出来た。更にこのバーでの朝食、ランチ、スナックが何とも旨い! |
男性ファッション誌、LEON主催のDisco Party、抽選で参加資格を得て女房と出掛けた。80年代の曲がかかり、30年ぶり? に女房とジルバを踊った。彼女も懐かしい20歳代に帰っていたのだろうか? | ||||||||
映画「フランケン・ウィーニー」に出てくるスパーキーのフィギュア。見かけた瞬間に衝動買い。この主人公もブルテリア。モノクロのレトロチックなアニメには不思議な気分に誘い込まれる。 |
よく言われるが「車好きは時計好き」、僕もご多聞に漏れず時計が好きだけれど、やはり高価なもの、なかなか欲しいものは買えない。しかも派手好きな性格。最近は懇意な時計ショップが出来た。 |
「車好きは時計好き」、そんなことで車仲間の腕時計を時々許可を得て撮影させてもらっている。そんなコレクションがずいぶん集まった。スーパーカー乗りの腕時計には大体ダイヤが入っている。いつかトゥールビヨン欲しいが……。 | ||||||||
ドゥオーモの頂上から眺めたフィレンツェの街並み。フィレンツェは何処でシャッターを押しても絵になる街。新しい建物は殆どない? そして歴史探索よりもブティックを眺めて歩くだけで一日が終わってしまうよう。 |
GW明けの平日を無理矢理臨時休診にして、思い切ってやってきたランボルギーニ本社の建物。ボローニャの郊外、サンタアガタにある。あなたの車はこのラインで生まれた、そんなガイドの説明を感慨深気に聞いた。 |
ボローニャのマヨール広場、ランボルギーニ社創立50周年の記念イベントにて。見た目格好悪い日本人の僻みになってしまうが、こんな親父が美女と手を繋いで歩き、本当に悔しいけれど【さま】になる。 | ||||||||
ホテルの宿泊時、僕はこんなバス・ビューの部屋が大好き。夜、外を眺めながら湯に浸かっているといくらでも時間が経ってしまう。しかし照明を消さないと外から丸見え? もちろんブラインドもついているが。 |
スービックでの朝食、エッグ・ベネディクト。これが何とも旨い! イングリッシュ・マフィンの半分にハムやベーコンを乗せる。ベネディクトとはどうやら考案者の名前らしい。しかしここのはすごいボリューム。 |
メンバーの末席に置いてもらっている諸星伸一チームで参加したイベントにて。とにかく派手な車が多い。特にエレクトリカル・パレードばりの夜間走行には僕はついて行けない。しかし彼らと一緒にいるのは楽しい。 | ||||||||
僕は宮本武蔵を好きではない。時間にルーズな奴が元々嫌いだ。それも、もしわざと遅れて相手の心を乱す作戦であれば、それは武士道にもとる行為ではないか? 僕なら約束の時刻から15分待って相手が来なければ帰る。 |
我が家のリビングのソファー。僕の昼寝の場でもあるが、この時は娘と愛犬が縦に並んで寝ていた。愛犬が家族の一員である証し? 結構犬の抜け毛がつくので、こんな格好悪いカバーを掛けざるを得ない。 |
もう一度フェラーリを手に入れるならこれに乗りたい、カリフォルニア。V8,フロントエンジン。しかもこのハード・トップは電動でトランクに収まる。もうフェラーリもランボも12気筒は高くて手が出なくなった。 | ||||||||
あかの他人が断りなく車の前で写真を撮影している。それは一向に構わない、だからこそ見映えが良いようにわざとガルウィングドアを開けてある。だけど勝手に室内に乗り込むことは絶対辞めて欲しい。時々そんな輩がいる。 |
銀座へ良く行くようになった。犬を連れて行っても楽しめる街、そうウィンドウ・ショッピングで充分。そして店の中に入りたければ犬を縛り付けて行けば良い。最近は銀座では中に入る店はだいたい決まっている。 |
ベルルッティも銀座に来ると必ず中を覗く店。いつかはベネチアン・レザーの靴、それもTattoo入りのが欲しい。しかしかなり高価、二の足を踏んでいる。新宿高島屋の中にもブティックが入っている。 | ||||||||
清正井、苦しいときの神頼み? 寒さに震え、二時間待って一番の整理券を確保して出向いた。しかし願い事は叶わなかった。水に触れることは出来ない。拝み方を警備員に尋ねたら写メを撮れとのことだった。 |
当院を退職する良く頑張ってくれたスタッフに院長からバッグのプレゼント。しかし税務署は文句を言う。だったらお前らの公務員共済年金を辞めろ! 彼女のバッグ購入に税金は注ぎ込んでいない!! 何が三階建てだ!? |
学術講演会で札幌に出向いた時、下調べなくフラリと入ったラーメン横丁の店の味噌バターラーメン。さすが本場! と思わせる味だった。これに並ぶ味噌バターラーメンに僕は東京で巡り会ったことはない。 | ||||||||
今は愛犬を車に乗せるとき、専用の箱に入れている。それも首輪に繋ぐ紐とフックがついた優れもの。我が愛犬も少し興奮するとブルテリアらしいブサイクなこんな顔になる。これが良いと云う人もいるが、僕は好きではない。 |
今や食べることが出来なくなったレバ刺し。以来我が家では焼き肉屋に行く頻度は激減した。数十年間良かったことが何故いきなり禁止なのか? 亡くなった子には申し訳ないけど、キチンとした管理下なら大丈夫ではないかと思うのだが。 |
トヨタ2000GT、本当にこの車は美しい! 2000cc、150馬力、現在では決して速い車ではないだろうが、やはり光って見える。こんな車を大事に乗り続けることこそ最高の贅沢ではないか? 垂涎の的!! | ||||||||
僕はいつも概ね配牌は良い。それはパワーストーンのブレスレットをするようになってから。これはある日の親である僕の配牌、しかもドラは北。しかし、どうしてもツモが悪い! それも明らかに悪意が働いているような悪さ。 |
これも未だ自摸っていない僕の配牌。これはスッピンから切らないとダメか? チャンタ系が多いのだが、結局片張、間張に泣き、挙げ句の果て上がれない。時にはとんでもない交通事故に遭うこともままある。 |
2順目にして断平三色ドラドラのイーシャンテン、もうすでに八萬も切っている。しかしこんな時に限り一萬を引いて来てしまう。大体自分の手が良いときは他人も良い手で張っている、そう考えるべきなのかも知れない。 | ||||||||
更に更にそれから2年
あと数年で完済のはずだった借入がドッと増えた。更に15年延長、だけど……、あと15年生き長らえる自信がない……。
趣味は相変わらず旅行、だけどそれ以外の趣味はだいぶ熱が冷めた、と言うよりは熱を冷ました
還暦を前にして、人生少しスローダウンした。あまり走り過ぎない、明日で良い事は明日に延ばす、時々休む、そして時に逃げる、そんな方針に切り替えて数年。それでも取り敢えず大きな借入は徐々に減り、あと4年で完済まで迫っていた。特にスパートする事なく、時間が経てば自然にプレッシャーが外れる予定だった。完済する頃には生命保険の一部が満期となり、そこそこの満期金が入る。それでフェラーリとは行かないがマセラティくらいは買ってやろうと漠然と考えていた。ところが……、ある日、一見の不動産屋がクリニックを尋ねて来た。当院の南隣、アパートが売りに出るとの事! 此処の建坪率は300%、最悪5-6階建てのビルが建ってしまうこともない訳ではない。そうなればうちは完全に日陰に隠れる。不動産屋は’買わないか?’と持ちかけて来た。売主も先生に買ってもらいたいと言っている? もちろん買えるような蓄財は全くない。買うならまた借金。不動産屋と僕のメインバンクは同じフィナンシャルグループ、銀行が貸してくれるなら考えないでもない、そう答えた。結局、話しはトントン拍子に進み、全額を銀行から借りて買う事になった。20年で返したいと銀行に申し出たが、「先生が仕事を出来るのはあと15年、だから15年返済で。」と押された。結局値切る事なく相手の言い値で、しかも古い建物の解体もこちら持ちになった。クリニックの土地家屋に掛かっている返済中の分にまつわる担保設定額の余剰分は購入する土地の2.5倍ある。わざわざ担保設定の金を払う必要はないだろう? この土地を買うために貸すのだからこの土地に担保を設定するのが筋だ? 担保設定は断った。そして借入の金利、これも向こうの言い値の53%まで下がった。これで話しは決まった。しかし……、僕の人生は大きく変わった。
借金を返し終わって海外移住、そんな夢も吹っ飛んだ。死ぬまで働けってことか? 取り敢えず息子二人はここを継がない、継げない。いざとなれば、僕が死んで残った女房がこの土地全部売っ払えば田舎に引っ込んで先々のんびり暮らせるだろう。もちろん一部が満期になる生命保険も、残りは高くても保険料を払えばそこそこの金額は残るはず、しかも今回購入する土地を足せば我が家の敷地は長方形になる。10階建てのマンションも建つだろう。そんなことで僕の人生は大きく舵を切られた形になった。そもそもあと15年、生きていられる自信はない……。先日の高校卒業40周年の同窓会では既に亡くなっている10数名の同級生の名前が読み上げられた。大学の同級生も結構亡くなっている。友人の訃報を聞くに当たって、次は自分ではないか? といつも思う。だから悪友に言われるように、今のうちに楽しんでおきたい。10年後、もし生きていてもマニュアルの車が運転出来るか? 重さ250kgのバイクに跨がって走れるか? ジンベイザメと一緒に泳げるか? どう考えても無理だ。だから今のうち? スローダウンとは言ったものの、新たな借入故少し人生のアクセルを踏まなくてはならなくなった。母も亡くなった。今は僕の親父の死んだ年齢、今、僕はちょっとした人生の節目を迎えているように思う。
仕事は相変わらず楽しい、でも手術は辛くなって来た、スタッフも年齢的にきついと言い出した
そう、自分で選んだ仕事、未だにそれは楽しい。患者さんとゆっくり話し込むのが楽しい。新規開業で家賃を払いながら必死に増患を目指す一般の開業医のような苦労はしないで済んだ。親父から患者付きでクリニックを継承し、そこそこ頑張って楽しい仕事をしていれば収入は後からついて来た。稼がなきゃ…と思う必要はなかった。それでも好きな車は買えたし、家賃や住宅ローンはないし、3人の子供も取り敢えず人並みには育てた。しかしクリニックには税理士にやり過ぎだと言われるくらい投資した。地域の基幹病院がファイバースコープを使っている時に、もう既にうちでは電子スコープを入れた。一般の賃貸の開業を新規でする時に必要とされる準備資金の倍の額をクリニックの改築につぎ込み、更に医療機器を新規で入れた。だから少し苦しくなったのか? むしろあまりクリニックの待合室がごった返すことなく、ゆっくり世間話をしながら患者さんと接するのが気持ちの上で楽で、なおかつやり甲斐を感じた。混んで一人一人の診療を急ぐのはむしろ患者さんには申し訳ない事だと思った。しかし開業医を取り巻く環境も、疾病構造も変化し始めた。エビデンス? ガイドライン? 僕の気に食わないものに縛られるようになった。そして医療費抑制が始まった。官僚、公務員を食わせるための世界で唯一成功を収めた社会主義国もそろそろ斜陽の時期を迎えて来た。収支も以前よりはだいぶ苦しくなった。開業を始めた頃は年に相当数の胃がん患者を見つけた。だけど今はなかなか胃がんの患者はいない。大腸がんを一生懸命探さなければならなくなった。糖尿病の患者は増えた。そして何よりも精神を病む患者が増えて来た。
永年勤めてくれた気心知れたスタッフも、転居や結婚、再婚などでだいぶ変わった。幸い一生懸命やってくれる新たなスタッフにも恵まれたが、そんな人材に巡り会うまで幾多の不良を掴まされた。10年、20年勤続するスタッフがいる環境の中で1ヶ月、1週間しかもたない? 4日で辞めるなら医療界に入って来るな! そう言ってやりたい輩もいた。そんなことでエネルギーを使うのは本当に消耗する。未だ開業し数年、スタッフの募集広告に「院長34歳、スタッフの平均年齢○○歳の若いクリニックです!」なんて書いたこともあった。そんな時間が過ぎる中、年齢を理由に辞めて行くスタッフも何人かはいた。やはり衰えが見えるスタッフもいた。一方で僕自身も衰えて来た。老眼鏡を掛けないと傷の縫合が出来ない、縫合糸が絡んで思うように結べない、目も指も衰えて来たようだ。薬の名前が思い出せないこともある。扱う薬剤が増え過ぎたのか? 僕の脳が衰え始めているのか? 恐らくは両方なのだと思う。最先端の医療は留まる事を知らず、かつては諦めていた進行がんから生還する人も増え、糖尿病は多くの新薬が出来てコントロールが容易になり、C型肝炎は治るようにさえなって来た。まだまだ環境は変化して行くだろうけれど、結局死ぬまで仕事、死ぬまで勉強、この仕事を選んだ以上は初めからそんな運命だったのだと、今更のように気付いた今日この頃だ。さて、もう一踏ん張り、未だ立ち止まる事は出来ないようだ……。
我が愛犬もだいぶ歳をとってきたよう、散歩から帰り家に入る時、頭を振るとふらついています。ブルテリアという犬種はあまり長生きしない? 10年と言われていましたが、彼女は来年10歳、我が家に初めて来た時は僕が先か? 犬が先か? なんて考えましたが、その争いは未だに続いているのかも知れません。
(平成28年秋 記)
やはり人生いろいろなことがある……、
- 更に下の写真を追加、ついつい書き残したい事があって写真が増えてしまいました。どれも感慨深いもの、想い出になるものばかり、当時の事が走馬灯のように巡ります。また折角日記をつけ始めたのに、バタバタしていてここしばらくサボってしまいました。PCやiPadで日記をつけると、後にキーワードで検索も出来るので便利です。写真はやはり海外旅行の事、食べ物の事がどうしても多くなります。車が減って、これからバイクの事が増えそうです。また2-3年したら貯まった写真をupします。このTopPageは今後も下に下に伸びて行きます。
結婚30周年、もちろん君には感謝している。いろいろあったけど、取り敢えず逃げ出す事なく僕について来てくれた。老い先、そう永くはないと思うけど、そろそろ子供達の事より僕ら自身のことを考える生活に切り替えても良いのではと思うが? |
ドミニカ共和国でしか採れないラリマー、最近はつとにたま数が減って来た。以前女房にプレゼントしたときは高くて水晶と交互だったが、少し小遣いに余裕が出たところで全部ラリマーに作り直して返した。価値を判ってくれるだろうか…? |
ラリマーと同じ店で半年間ショーケースを眺めては悩んでいた挙げ句、遂に思い切って買ったスーパーセブン、半年間店頭に置いてあったにも関わらず売れなかった?パワーが強く浄化する必要がない?パワーが落ちないようにこれは値切らなかった。 | ||||||||
諸星一家の名物、顔面ケーキ。パーティがあれば必ず始まる定番。過激な仲間達だが、一緒にいると楽しい。人生を巧く立ち回る男達が多いのが特徴。仲間の頭を押さえつける左手首にも、僕には手が出ないようなゴールドのロレックスが光る。 |
我がクリニックの隣のアパートが土地ごと売りに出てしまった。売主は僕に買って欲しい? この南側の土地に他人が6階建てのビルを建てる可能性もなくはない。そうなったらうちは日陰で真っ暗? 止むなく借金をして買わざるを得なかった。 |
毎年、年初めに医療器械の展示会に行く事が多い。やはり機械好き故、自分の仕事の中でも新しい機械は欲しいし、古い機械のアップデートもしたい。しかし最近はつとに大きな買い物には二の足を踏む。1年でpay出来るのは眼底カメラくらい。 | ||||||||
大学同窓会の支部長になり、最近はよく大学に出向くようになった。駅を出ると見える高層の大学病院、成績の悪かった学生時代は、この大きな建物を見るにつけ、自分が重圧で圧し潰されるような胸苦しさを覚えた。それも今では良き想い出になる。 |
特に熱心なコレクターと言う訳ではないが、気に入ると衝動的に熊の人形を買って来ることが多い。車のディーラーで手に入れる事が多く、服には車のロゴがついている。クリニックの待合室にいるが、数年間行方不明になることなくみんな健在。 |
一方で患者さんには見せることの出来ない裏のコレクションがある。かつて乱暴に扱われ、虐げられた後に人間への復讐の機会を狙っているボロボロになったテディ・ベア達。僕の書斎の棚の陰で息をひそめるようにひっそりと暮らしている。 | ||||||||
Webで偶然見かけた未だ見慣れない、だけど良さそうで割と安いバンコクのホテル。ここに行ってみたくなって、このホテルをリザーブ。屋上にこじんまりしたビーチチェアも数脚しかないプール。だけど他にゲストはいなくて独占状態、最高! |
「バスタブが付いている部屋。」とオーダーしたのにシャワーのみの部屋に通された。話しが違う! とクレームをつけて次に通されたのは期待していなかったバスビューの部屋、夜の街を眺めながら浸かる熱いお湯はこの世の疲れを払いのける。 |
テロの爆弾が爆発したすぐ後にバンコクに滞在。しかも爆発の現場はすぐ目の前、あのプール奥の茂みの向こう側が爆弾の仕掛けられた場所だった。破片でこのホテルの窓ガラスにも割れたところがあったらしい。バンコクはマニラよりも危ない? | ||||||||
空港の免税店で娘から頼まれた黒の長財布を購入。珍しく父親へのおねだりだった。派手好きな父親とは違い、黒でシンプルな財布が欲しい? 娘の好きなブランドでシックな落ち着いたデザインの財布を見つけて購入。しかしそこそこの出費。 |
一方息子からはお土産に靴を頼まれた。これは現地で見つけたadidasのスタン・スミス。しかしこのクロコダイル調の革は日本で見た事がなかった。他人とは違うものでないと気が済まない悪い性格がまた頭をもたげる。娘よりはだいぶ出費少。 |
マニラのショッピングセンターでふと見つけた今迄見掛けた事のないナイキのニューモデル。ファッッション誌では米国のセレブの間で赤いスニーカーが流行りと出ていたので少々高かったけれど衝動買い。でも直ぐに日本でもっと安く出てしまった。 | ||||||||
韓国料理メッカである大久保の店、この店のサムギョプサルはとにかく旨い!厚さ1,8cm、なかなかこの厚さの肉は出て来る処がない。脂は多いが牛脂ほど身体に悪い訳ではない。レタスやサラダ菜に包んで食べると、その脂っぽさも軽減される。 |
女房の得意料理の一つ、牛肉のたたき。愛犬も含めた家族の誰かの誕生日、正月には必ず出て来る。我が家には割と大きなオーブンがあるが、近所の米国人がそのオーブンを良く借りに来る。七面鳥を焼くと当家のリビングには凄い匂いが残る。 |
フィリピンにもしゃぶしゃぶがある。日本のしゃぶしゃぶとの一番の違いは付けダレ、かなり濃厚で辛い! 訳の判らないかなり強い香辛料が入っている。しかしそれはそれで美味い。僕の行くこの店はさしづめ食事時に行くと概ね1-2時間待ち。 | ||||||||
結婚30周年、女房と二人でホテルでのちょっと、ではなくかなり贅沢なディナー。フィレステーキに鮑、更にフォアグラも出て来た。滅多に行けない高級鉄板焼き。でもホテルのポイントにて支払いは0。たまには女房とこんな食事もしてみたい。 |
僕の良く行く蕎麦屋の鴨汁蕎麦+小天丼のセット、このそばつゆに山椒を入れるのが何とも美味い。しかし僕の知る高名な権威ある糖尿病の教授は、かき揚げ丼は糖尿病患者に最悪だと目の敵にしている。カロリーはかなり高いが僕はこれが大好き。 |
10年越しで欲しかったベルルッティのアレッサンドロを大阪で衝動買い。一応30分ほど買うべきか諦めるべきか悩んだが結局購入。長年の夢も思い切って実現するのではなく、勢いで行ってしまう事が判った。同時に同じ革の揃いのベルトも購入。 | ||||||||
僕の仕事場、診察室のデスク。電子カルテ、患者さんの検査データ、そしてレントゲンの画像データベース、合計3台のPC画面に駐車場や玄関、待合室を映し出すモニターが並ぶ。待合室の混み具合を観察しながら、患者さんと話す時間を調整する。 |
最近お気に入りの韓国料理店、味は良いのに全体的に価格はかなりお買い得感がある。しかしその中でリブ・アイステーキは結構な値段、柔らかく口の中でとろける絶品の肉。韓国料理は素材の味よりも如何に美味しく食べるかに主眼がありそう。 |
諸星一家の集合写真、これだけの人数がいる。現在女人禁制の諸星LINEは会員数124、これだけの数がそれとなくまとまり、警察に目を付けられながらも生き長らえている。彼のリーダーシップには見習うべきものがある。派手好きは僕も同類。 | ||||||||
相変わらず鰻は大好き、特に疲れた時、頑張らなくては行けない時には自分に奮発する。新宿に行き着けが2軒、もうかなり高齢のご主人が丹念に焼いてくれる。だけど、最近は鰻の稚魚が高騰、肉厚の鰻が少なくなった。天然より養殖の方が肉厚。 |
秋のマロンパフェ、いい歳こいて飲んだ後にこんなものも食べる。しかしこの甘さの中にアルコールを早く醒させる効果がある。糖がアルコールを早く醒す実験は大学でやった。大学で酒を飲む実習なんざ、医学部くらいのものではないだろうか? |
パスタは何と云ってもこのミートソース、所謂ボロネーゼが大好き。女房には母直伝のミートソースを継承してもらった。でもボローニャで食べたボロネーゼよりは今の女房手作りのミートソースの方が勝っていた。パスタの茹で加減は難しい。 | ||||||||
またスタッフに御馳走、ステーキを思いっきり食べたいと云うリクエストで、更にスタッフ自らネットで見つけ出した銀座の店へ繰り出した。もう還暦間際の僕にとってはこの脂の多い肉は辛かった。今度は自腹で来るように彼女に申し付けた。 |
ホテルと空港の間の移動、タイでもフィリピンでも、タクシードライバーとのトラブルはつきもの、時に知らない処へ連れ込まれ身ぐるみ剥がれる? かなり値段はかかるものの安全と時間の正確さを求めて送迎を頼む事も。安全は金で買うもの? |
女房はアメ車の4駆好き、小さな身体で長さ5m以上、重さ3トンを超える車を駆りマーケットへ買い物に行く。しかしさすがにこの年齢になって、この馬鹿でかい車を取り回すのが辛いと言い出した。僕もこの車は辛い。そろそろ買い換え時だが。 | ||||||||
もううんざりのガイドライン、本来は専門外の医療に際し参考にする程度だったはず。いつの間にか一人歩き、これに従わなくてはならない? ガイドラインを作った偉い先生がガイドラインをよそに”俺流の処方”を披露する。はり倒してやりたい! |
僕は靴磨きも靴の手入れも大好き、20年間で古くなって捨てた靴はリーガルとナイキのバスケットシューズと茶色のヌバックの3足だけ、靴底を張り替えて25年前から使っているクロコダイルのスリポンもある。そろそろ3度目の張り替えを勘案中。 |
高校の北海道への修学旅行、層雲峡でダークグリーンの最高にカッコいい車とすれ違った。今の車何? 一緒にいた車に詳しい友達がデ・トマソ・パンテーラだと教えてくれた。以来外車に憧れるようになった。ほんの一瞬の偶然が人生を変える。 | ||||||||
長期旅行出発時、暫く帰って来ないことを悟ってか?我が愛犬は二階の階段の踊り場からトランクを持って降りる僕をジッと見つめる。その時の悲しそうな顔、普段は絶対にこんな顔を彼女が見せる事はない。ペットロスの時にはどうなるのか? |
忙しかったインフルエンザの時期を終えてご苦労様慰労会。院長から何が食べたい?フグの白子をお腹いっぱい食べたい!スタッフのそんな願望も我がクリニックでは叶う。焼いて塩味で、タレ味で、天ぷらで、もちろんフグちり鍋の中にも入る。 |
僕が大学生時代にジュネーブで買って来たポルシェ・デザインの腕時計。ふらついている息子を家から追い出した時に「父さんだと思え。」と渡した。3年後に落ち着き帰って来た息子が見せたのはボロボロになったこの状態、これから修理に出す。 | ||||||||
バンコクのお気に入りのクロコダイル専門店。僕もクロコダイルが大好き、靴やベルト、バッグも数点所有。しかしワシントン条約抵触で日本には持って帰れない? この店では養殖のワニであることの証明書をくれるが、宛てにならないらしい。 |
最近の行きつけ、サロン・ド・シマジの島地勝彦氏の影響で万年筆が増えた。古い万年筆も整備してインクを詰めた。先生のためにこのペリカンをとっておいたよ! そう言われると買わざるを得ない。人垂らし島地さんは有能なセールスマンでもある。 |
セブ島、ビーチリゾートにあるホテル内のビーチバー。潮騒を聴きながら、潮風を感じながら飲むシングルモルトは最高! トム・クルーズの映画 ’カクテル’ のよう。そしてここは奥に夜のビュッフェもあり、イルミネーションも物凄く綺麗。 | ||||||||
5年間憧れていたエルニド、ミニロック島のビッグラグーン、やっと到達した。切り立つ原始の岩山、コバルトブルーの海、そしてこの日だけ恵まれた青空、天国にいた。自分でカヤックを漕いで、しばし浮いていた。至福の時を過ごす事が出来た。 |
セブ島の海は一般に言われる程青くはない! そう思っていた。しかしセブシティから車で4時間、ここ、オスロブのスミロン島まで来ればこれだけ青い事が判った。おいそれとセブ・マクタン島から一時間以内の処では青い海を見る事は出来ない。 |
体長10mを超えるジンベイザメと泳ぐツアー、圧巻だった。目の前を今迄見た事がない巨体が悠々と通り過ぎて行く、いざとなれば手で触れる事が出来るくらい近くを。やっぱりフィリピンって面白い! 不思議な体験が出来る7000の島々。 | ||||||||
最近はまたバイク熱に侵され始めた。走っているバイクを目で追うようになったし、バイク屋を覗くようになった。恐らく乗れるのはもう数年? だから焦っているのかも知れない。しかし今のバイクは何となくつまらなく、絶版車に目が行く。 |
バイクフェスで見掛けたYAMAHAのTX750、当時のナナハンはHONDAのCB、KawasakiのRS、SUZUKIのGT。後者3種は探せば手に入るが、このYAMAHAだけは殆ど生き残っていない。この個体は見事なまでに綺麗、唯一のナナハンTWIN。 |
我がクリニックの女性スタッフの一人、教習所へ通いバイクの免許を取っていきなりイタリア製、ドゥカティの新車を購入。車の免許を取っていきなりフェラーリを買う様なもの、そのアグレッシブな若い力を仕事の上でも大いに発揮してほしい。 | ||||||||
こんな脂の多いカルビを最近は自分では食べなくなった。しかしたまに友人と行くと付き合いで少々。元々当家ではこんな高いカルビよりはコブクロやミノ等内臓ものが多かった。安いし美味いしいで良かったが。あまり食べ過ぎると胃もたれが。 |
所謂関西風ドブづけの串揚げ、僕の大好物の一つ。友人がこの店を東京でやっていてファンになった。あいにくその友人は店を閉めてしまい、たまに大阪に行くと狂ったように食べる。揚げ物、決して身体には良くないがたまには羽目を外しても。 |
滅多に飲む事のなくなった僕が唯一好んで飲むのはシングルモルト、ラフロイグのみ。懇意にしていたパブの女の子が僕の誕生日プレゼントにくれた。初めて飲んだとき、クレゾールの香りに唖然とした。それが何故か今や一番好きな酒になった。 | ||||||||
最近は油そばにはまっている。そしてこれはシンプルだけど僕の一番好きな店。さっぱりとしたタレと生卵でそばそのものの繊細な味を楽しむ、これが僕のやり方。ラー油、お酢をかけてしまうと油そばは全ての店で全く同じ味になってしまう。 |
麺喰いの僕はつけ麺も大好き。結局スープがあろうがなかろうが、スープが他の椀にあろうが何でも良いのか? 元々つけ麺はまかない料理だったらしい。得てしてつけ麺は太麺が多い。やはりスープもさることながら、麺そのものの味に拘りたい。 |
元祖つけ麺の店、さすが! たっぷりの生ニンニクを入れると最高に美味い! 魚介系のスープもニンニクを入れるとその臭みが消えて最高の味になる。しかし別の臭いが気になるが……。友人と一緒に出向き、餃子と焼き飯もオーダーしてシェア。 | ||||||||
バンコクのショッピンングセンターでブルテリアのTシャツを見つけ、家族全員の分まで合計5枚購入。どうやらこの店のオーナーが実際にブルテリアを飼っているらしい。このブルテリア独特のイヤらしい顔の表情までキチンと表現された優れもの。 |
懇意にしている時計ショップから展示会に呼び出された。以前少し色気を出していた腕時計、以前のご希望の値段でと言われた。これで断ればこの店とは縁が切れてしまうだろう。札には既に僕の名前が印字されている。結局購入することに……。 |
最近はよく家の近くのシネマ・コンプレックスのレイトショーへ一人で行く。そして必ず! 必ずLサイズのコーラとLサイズのポップコーンを持って席に着く。ポップコーンの味は塩バター、僕にはこれ以外の選択肢は全くあり得ない。高カロリー。 | ||||||||
僕の好きな名門、セント・ジョージバー。一人でも、それからクリニックのスタッフをよく連れて来る。好きなのはカウンター席、そして飲むのはシングルモルト、ラフロイグのみ、最近は島地さんの影響でオンザロックではなくソーダで割る。 |
相変わらず教え子の看護学生達と一緒に飲み会をやっている。ここ数年は必ず声が掛かり、出向いている。必ず寒い時に鍋と決めている。人数が多く一学年で二度やった事もある。御馳走すれば彼らは勉強してくれる、それは間違いない事実だ。 |
母の通夜、告別式でのメモリーコーナー。母の子供の頃から結婚時、そして父と一緒の写真、母の可愛がっていた二匹の猫、そして僕の一家との食事、そして母の好きだった八ヶ岳連邦の写真とフェアレディZのミニカー、ゆっくりお休みください。 | ||||||||
セブ島オスロブのロッジにて、中庭のプールの前にハンモックが吊ってあった。一人でこのハンモックに上がり込むのは結構難しい。夕食前ののんびりしたひと時、至福の時を感じる。このまま眠ってしまっても良さそうな最高の気分だった。 |
夜景好きの僕はイルミネーションも大好き。特にX'mas近くなった時のイルミネーションは、それを観ながら1年を振り返って想いを馳せる事があり感慨深い。思い悩む事が一つ解決し、今後その感慨深さはちょっと違うものになると期待している。 |
日本外科学会総会に於ける表彰式、どのような選考課程で表彰される外科医が決まるのかは判らないが、片田舎で外来手術でしかメスを持たない僕には無縁の話し、でもカスはカスなりに地元で一生懸命頑張ってやっている! せめてもの負け惜しみ。 | ||||||||
クリニックのスタッフに旨いものを食いに行こうぜ! と言って誘った懇意にしている中華料理の店、得意料理は北京ダック。4日以上前に予約してお願いすると、他では味わえない飛びっきりの、パオからはみ出る北京ダックを振る舞ってくれる。 |
相変わらずバンコクでは移動するのに好きなこのトゥクトゥクに乗る事が多い。シートベルトなし、風を切って気持ち良く走る。最近は慣れて来て、車内の段差のところに両足で踏ん張って、身体を安定させる。雨の日でも濡れる事は殆どない。 |
あるホテルのカジノの入口、かつてはデジカメ、カメラ付き携帯電話のカジノ内への持込みはかなり厳しく規制されていた。どうやら内部の客の顔を撮影する事を気にしていたらしい。最近は甘くなった。しかし入口では今も ’撮るな!’ の制止が。 | ||||||||
バンコク・スアンナブーム空港を夜11時過ぎに出発して、朝6時に羽田に着くJAL便がある。午前8時過ぎに家に着き、9時からの診療へ出る。機内で眼が醒めるともう東京湾沖、朝日が眩しい。しかし最近はこのスケジュールもきつくなって来た。 |
いつでも横になってまどろむ事の出来る大きなソファが我が家のリビング、テレビの前にある。愛犬の昼寝の寝床でもあるが、ちゃんと主人を優先する礼儀は弁えている。取り敢えず僕が脚を伸ばしても、こいつが寝るだけの余分なスペースがある。 |
前立腺のEcho講習会に出席。前立腺の観察は充分マスターしているつもりだが、復習、アップデートの意味もあって出て来た。実は僕自身ももう既に前立腺が大きい。前立腺体積の正常値は20cc未満、僕のは30ccある。しかし夜間尿はない。 | ||||||||
ついに力尽きて待合室の水槽のメンテナンスを諦め、業者に委託することにした。ただ僕としては、自分の親しい若いアクアデザイナーを応援したい意味合いもある。しかしさすがプロ、僕にはこんな水景は作るどころか思いつくことすら出来ない。 |
本当に車には乗らなくなってしまった。まず第一に仲良かったツーリング仲間がツーリングに来なくなった。クラブのメンバーは知らない人ばかり。そして時に一日がかりのツーリングに出掛ければ当日、翌日にはこむら返り、筋肉痛に襲われる。 |
寒い日の鍋、すき焼き、しゃぶしゃぶ、ふぐちり、もつ鍋、豚しゃぶ、僕は元々鍋物が大好き、しかし一番好きな鍋は何? と尋ねられたら’タイスキ’と答える。暑い日のBKKでも冷房の効いた部屋で食べるタイスキは最高だ! 独特のスパイス。 | ||||||||
家の近くのステーキ屋さん、価格もリーズナブルで行列の出来る店。国産牛ではないがむしろ脂身が少なく、そして充分に美味しい。僕はこの年齢でも300-400gを食べてしまう。それもご飯をおかわりして。人間、食べられなくなったら終わり? |
勤続年数の平均値12年だった4人のスタッフのうち3人が退職、退職時の平均勤務年数は14年! 3人ともやむない理由による円満退職。そんな元スタッフ達をたまに食事に誘う。きっと彼女達は僕の葬式にも来るだろうし、泣いてもくれるだろう。 |
母校創立100周年の祝賀会、ホテルで盛大に行われた。立食ではあるが年齢別にテーブルがセッティングされた。僕はあいにくもう後半の世代。同学年は30人程集まった。3年先輩には安倍総理大臣、そして後輩にはこの人もいるとのことだった。 | ||||||||
元々パワーストーンのブレスレットを身に付けるようになって以来、僕はいつも配牌は良く、一向聴までは割と楽に行ける。しかしそれからがなかなか引けない。立て混七対子では満足出来ない、だけどこれからがどうしても進まない……。 |
二順目にしてもう既に一向聴、これくらい僕の配牌は良いことが多い。もうこの配牌ならこの局は頭を遣う必要もない。ただひたすら四暗刻目指すのみ。しかし自摸切りの連続、そして結局上がることはおろか、聴牌すら出来ない! ど〜して!? |
医師会、歯科医師会、薬剤師会対抗の麻雀大会にて。こいつを上がったのは学生時代以来。会場に来る前に緑一色を上がれる強い予感がして、緑一色の服を着て出て来た。’緑一色を上がれる予感’と紙に書いてポケットに入れるつもりだった。残念!! | ||||||||