調子の良いときは良いと言って!
我々開業医、いわゆる町医者は患者さんの事細かな症状にも対応します。眩暈や痛み、違和感、よく云われる不定愁訴についても相談を受けます。大病院はそれぞれ専門分野に細分化され、臓器別であったり、部位別であったり。つまり消化器内科に通院している患者さんが、担当の先生に頭痛を訴えれば、脳神経外科の受診を勧めるでしょう。しかし、開業医は大きな病気を見つければそれこそ大学病院や総合病院を紹介しますが、小さな訴えに対してはまずプライマリ・ケアとしてその症状に対処します。しかしこれがかなりくせ者です。
自分なりにその患者さんの訴える症状を取り除くべく努力をしますし、またそれがなかなかうまく行かない時は大いに悩むものです。訴えの多い患者さんというのはどこでもよくいらっしゃいます。次から次から色々な症状が出て、自ら病気のデパートと自称する人もいます。時に大病院を紹介するまでは至らないその症状が数カ月も続き、私としてはどうしようかと悩み続けることがあります。こんな患者さんがいました。2週間ごとに再来するたび同じ訴えを聞き、その度いろいろ治療方針を考え直し、処方を変えてみる。だけど症状は続く。ずいぶんと悩みました。ある時、またその患者さんが診察室に入ってから、「その後如何でしょうか?」と尋ねる間もなく、今日は延々と全然違う訴えが患者さんの口から出てきます。それを話終えてから私が「ところで今までの症状はどうなったんですか?」と尋ねると「ああ、あれはもういいんです。」また新たな症状に主治医は悩み続けるわけです。
最近はこんな患者さんがありました。ある大きな病院から退院後、主治医の先生からの手紙を持って来院され、その手紙には日常の診療をこちらに任せる旨書いてありました。しかし、いろいろ患者さんに尋ねてみると、実に様々な訴えが出てきます。食欲不振、眩暈、気分がすぐれないなどなど。ある日膝が痛いので何とかしてくれと云われレントゲンを撮影したところ、かなり骨が変形していました。これは痛いでしょうということで治療をしました。暫くして再来され、「その後痛みは如何でしょうか?」とお尋ねしたところ相変わらず痛いとのことでした。痛みという症状は診察室では頻繁に聞かれる訴えですので、私は治療前後の痛みの推移に関してよくこういう尋ね方を患者さんにします。「治療する前の痛みを10とすると、今の痛みは幾つくらいになりますか?」痛みが半分になれば患者さんは5と答えます。前出の患者さんにも同じ質問をしたところ、この方は4と答えました。それなら相変わらず痛いのではなくて軽くなったわけでしょう。もし相変わらず痛いのであれば治療方針を考え直さなければなりません。痛みが10から4になったのであれば、今の治療を続ける甲斐があります。その患者さんに私は云いました。「ねえ、○○さん、痛みが軽くなったんだったら、軽くなったと云って下さいよ。治療して良くなったらそれを御報告いただいて一緒に喜びましょうよ。」と。
患者さんにお願いがあります。医者に媚びを売る必要も、ありがとうございますという必要もありません。医者は患者さんの病気を治してお金をもらっているわけですから。今年もずいぶん患者さんからお歳暮をいただいて恐縮しています。お金をもらってありがとうございましたと云ってもらえるのは医者と料理人だけだと、かの周富徳さんが云っていました。しかし、我々にとっては患者さんから「調子いいです。」「すっかりよくなりました。」と云われるのがこの上ない喜びなんです。調子の良いときはよいと云って下さい。