慢性前立腺炎とむち打ち症
”慢性前立腺炎とむち打ち症”と云うテーマで皆さんは「何?これ?」と思ったことでしょう。ましてや愚痴のコーナーにあると云うことは。私は今町医者、いろいろな患者さんが来院されます。風邪や高血圧、心臓病に始まり、胃炎や肝炎等の消化器疾患、膀胱炎や前立腺肥大等の泌尿器科の患者さん、そうそう、痔の患者さんも多いし、骨折や捻挫、転んでおでこをざっくり切ってそれを縫うなんてことも多々あります。時に目のことや耳、鼻の疾患にも手を出します。お産以外はとりあえず何でも診ますよと云うスタンスでやっています。そんな中で”慢性前立腺炎とむち打ち症”には本当に苦労させられるんです。とどのつまり、この二つはなかなか治らないからです。正直なところなかなか治らない故に患者さんとのトラブルになることもあるんです。そんなことで、私にとって辛いこの二つの疾患について当院でのエピソードも含めて書いてみることにしました。
慢性前立腺炎は”泌尿器科医の悩み”と云われる疾患です。主に尿路感染症から治療が遅れたり、不適切な治療の結果起こしてしまうことが多いのですが、不快な症状が遷延し、患者さんもイライラしてくることが多いものです。当院では尿路感染症の患者さんはもともと多く、私のところへ来られる患者さんは私の性格からしても徹底的に治療をしつこくやることが殆どなので、私が最初から診ていて慢性前立腺炎になってしまう患者さんはあまりいません。むしろ未治療のまま時間が経過してしまったり、他医で治療を受けていたが中断してしまったと云う患者さんが多く、初診時に慢性前立腺炎が完成してしまっている人が殆どです。だから初診時に私は「この病気は治りにくく、時間がかかりますから気長に通院してくださいね。」とまず釘を刺します。私の知っている公立病院の泌尿器科医の先生の中には最初に「この病気は治りません。」と云い切ってしまう人もいらっしゃるようです。まあ治らないと云ってしまえばそれまでですが、症状を緩和する事は出来ると考え、私も最善を尽くしています。
実際には会陰部の不快感が永く続き、患者さんも段々イライラしてきます。ものの本によればこの疾患の治療薬の中にマイナー・トランキライザー(精神安定剤)も併記されているような状態です。もちろん私自身も処方することがあります。もともと泌尿器科については、男性雑誌などで情報が氾濫し(それも正しいとは云いきれないものも散見されます)、なまじ患者さんが生半可な知識を持っているところにやりにくさがあります。結構患者さんからの注文が頻繁に来るものです。それが医学的に正しければ良いのですが、中には間違った情報をこちらに強要してくることもあり、治療に難渋します。痛みのある急性期に前立腺マッサージをしろなんてのは困ったものですが、やはり長い目で見ていかなければなりません。症状には波があり、それに一喜一憂していると患者さんの心身ともに疲れてしまいます。私は病気と旨く付き合っていきましょうと云う言葉をよく使いますが、正にこの疾患にもそれは当てはまると思います。そして患者さん自身も、無理をしないよう、この病気を治すと云うよりは旨く付き合っていくための努力をして欲しいと思います。深酒や硬いところに座りっぱなしの人が薬だけで症状を抑えきれることはありませんから。
むち打ち症もまたやっかいなものです。通常停止している車の後ろから追突されて受傷することが多いのですが、殆どの場合追突された側は落ち度なし、つまり保険で云うところの100ゼロの割合で、追突した側の責任になります。つまり被害者意識が患者にはあるわけです。これが何とも治療、治癒の妨げになります。以前に小学生のむち打ち症を診たことがありますが、その年齢では被害者意識などは芽生えず、初診時かなりの所見があったにも関わらず、非常に短期間で治癒に向かったことを記憶しています。もちろん頭が小さく軽かったことも幸いしていると思いますが(衝撃として加わる力は重さに比例、速度の2乗に比例します)。
何故か頻繁に追突され(当院で過去3回)、その都度当院で治療した患者さんがいました。何故こんなにしょっちゅう? と思ったことも事実ですが、診察してみればそれなりに所見があることは確か、治療していくうちに段々時間が長引き、診察室に入ってくるとすかさず「ダメだ!先生!!」と云っては復職する時期が延長していく患者さんでした。加害者側の保険会社もついには当院へ来院、結局患者さんが診察室で保険会社の担当者を怒鳴り飛ばすまでエスカレートしました。私が個人的に思うのですが、こう云う患者さんは保険会社のブラックリストに載っているのではないか? と。その患者さんが4度目の追突を受けてまた来院された折には、「もう私の手には負えない。」と勘弁してもらって、大きな病院を紹介しました。
もともと頚椎に変形があったり、過去に頚に関する既往があったりして、むち打ち症が契機となって今まで症状がなかった人に一気に酷い症状が吹き出すと云うこともままあります。こんな時は過失割合の解釈が保険会社と食い違うことがあり、私も大いに悩まされます。GrumbleのNo.4"自動車保険、傷害保険"でも紹介したように、保険会社の方が強硬な態度で患者さんや我々医療機関に接してくることもあります。結局我々は患者さんと保険会社の狭間で苦しむことになるわけです。
通常むち打ち症では6ヶ月から1年(私は患者さんの立場に立つからこそ1年近く頑張りますが)、治療を行ったところで症状の改善がそれ以上思わしくならないとき、”症状固定”と診断し、つまり後遺症を残してしまったと云う判断をして障害者認定を申請し、加害者側の保険会社が慰謝料の形で支払いをし、加害者側の保険会社の責務を終了とすることがあります。ある患者さんの時は保険会社から「2ヶ月で症状固定としてください。」と云われ、「お前らにそんなこと云われる筋合いはないよ!」って突っぱねたことがあります。またその申請書類がいろいろ書かなくてはならず、保険会社に言い訳の隙を与えないよう細心の注意を払って書きます。ある中年女性のむち打ち症患者さんについて1年半頑張りましたが、ついに症状は取りきれず、申請したことがありました。もともと事故当初から「バンパーのへこんだ車を新車で弁償してほしい。」「あんたの給料を車のために差し押さえてもらう。」などと息巻いておられました。当初私とは和気藹々と接していたのですが、やはり時間が経過するに連れてイライラが募ってくるのが見てとれました。頸椎の牽引には真面目に通っていただいたのですが、段々私が責められるようになり、それでも私は頑張りましたが、結局1年半治療を続けて私は引導を渡しました。
でも殆ど全ての患者さんと云って良いのですが、症状が残ったまま慰謝料なりの支払いを受けた患者さんが、保険診療にて治療を継続することはありません。ドクターによっては、お金をもらうと症状は消えるんだよっておっしゃる方もいらっしゃいますが。
今回の愚痴は誰に向かってと云うものではないのですが、強いて云うなら、細菌が入り込むとなかなか排出出来ない構造の前立腺、重い頭を細い頚で支えるような欠陥構造でデザインした神様に対する愚痴とでもしておきましょうか? 前立腺がお腹の皮膚直下にあったり、頚にウェストくらいの太さがあったら私もこんなに悩まないで済んだのだと思いますから........。