医医療改革の中身-1
小泉首相の押す”骨太”、”聖域なき”改革の中の医療改革の中身がだいぶ見えてきました。サラリーマンの社会保険本人負担3割は先送り、老人医療費の伸び率に関して”制度”から”指針”に降格と聖域を守り切れたような楽観論が出ていますが、果たしてそうでしょうか? 私は紛れもなく医療保障は後退、早くも国民皆保険の世界に誇れる制度、誰もが気軽に良質の医療を受けることが出来る権利が踏みつぶされたと感じています。アメリカでは恐ろしいことに、人種間で平均寿命に明らかな差が出てきています。もちろん裕福な層と人種との間に全くパラレルな関係があるとまでは云いませんが、端的に云って裕福層は比較的長生きし、貧困層は短命で終わっているのは事実なのです。そして日本はこれからこのアメリカの模式を追随しかねません。お金がないから長生き出来ないと云う恐ろしい結果になりつつあるんです。それでは今回の改革案の一つ一つを検証してみましょう。
1)診療報酬ダウン~日本医師会はこれに対して早くから反対を表明し、この苦しい社会情勢の中でも据え置きを主張してきました。でも私のホームページを見ていただいても分かるように、私はこれは覚悟の上でした。やむなしと考えていました。度が過ぎる医者へのバッシングに文句はありますが、診療報酬本体が史上初のマイナス改訂になることは当然と云えば当然でしょう。私個人としてはむしろたった1.3%で良いの? と云う気持ちですらいます。と云うより、後に書く社会保険本人の3割負担先送りに対する手土産として診療側はあっさり折れているんです。そう、また景気が回復したら報酬を上げてくださいよ、それで良いですよ。その中でも最も注目されるのが、高齢者の長期入院についての診療報酬の評価です。その本音は高齢者の6ヶ月以上にわたる、いわゆる”社会的入院”の解消を目指すものです。今までもこれが問題視され、時の総理大臣のお母さんが折しも一流病院に長期の社会的入院をしていて騒がれたのは記憶に新しいところです。正直なところ、私が自分の診療所で入院ベッドを持っていたとき、「家族旅行の間おばあちゃんを預かってください。」と云われたことがあります。今現在でも病院だけなく、小さな診療所も含めて全国24万床の病床にかなりの数の社会的入院患者がいると推測されています。こんな入院が6ヶ月以上にわたる場合は締め付けようと云う考え方です。これは様々な事情があり、一筋縄には行かない問題ですが、医療機関に一方的に責任を押しつけるやり方は気に入りません。特に最近では自分の年老いた親の面倒を見たがらない家庭が増えています。これはそんな家族への啓蒙も含めて、この医療財政が逼迫してきた時期に付け刃的に解決できる問題ではなく、もっと時間をかけて検討すべきと考えます。しかし、どうやら強引に押し切られる勢いです。
2)老人の負担上限引き上げ~実は! 私が勝手に個人的なことを云わせてもらうなら、自分が診療所をやっていく上でこれが一番痛いんです。今私の診療所では外来総合診療と云って、東京都に届け出ると70歳以上の患者さんの慢性疾患(高血圧、心臓病、糖尿病、慢性の消化器疾患等)は外来で1回800円、月に4回までで3200円まで支払えば、それ以外は薬剤費を含めて負担が一切なくなる制度があり、それを利用しています。現に患者さんを見る医者の側としては、気楽に患者さんの懐具合を気にせずに診療に没頭することが出来るわけです。その代わり、患者さんに対して胃カメラをやるとき、エコーをやるとき、血液検査をやるとき、我々はそれら検査に関わる保険点数を請求できないことになっています。正直なところ、胃カメラまでやれば我々は赤字です。でも患者さんの負担を取り払うためにやってきました。この制度が取り払われます。政府は患者さんにコスト意識を持ってもらうためだときれい事を云っていますが、これは我々医療機関に負担を強いただけでは飽きたらず、患者さんまでも巻き込んで、最終的に受診抑制をかけるための手段です。そう、国や自治体は患者さんが医療機関にかからないことが一番有り難いわけです。当然、我々医療機関も患者さんが減り、困るでしょう。私の予測です。まず苦しい医療機関は店じまいをするでしょう。夫婦二人でのんびりやっている診療所、医院はこの4月を境に閉院に追い込まれる処がかなり出てくるはずです。そして患者さんは医者へ行って薬を貰うとお金がかかるからと云うことで受診を控えるようになるでしょう。例えば高コレステロール血症の患者さんが受診を控え、薬を飲まなくなります。薬を止めてもいきなりアクシデントは起きません。”何だ? 薬飲まなくても大丈夫じゃん。”なんて思っていると病魔は足音もなく近付いてきます。5年10年と云う長い目で見れば、間違いなく日本の平均寿命は短くなります。これで少子高齢化に少し歯止めがかかる? これぞ金を出す側が最も有り難い状態なのです。あたかも外来での上限額を定め、必要以上のお金がかからないような印象を与えようとしていますが、一般所得者層で上限が月12000円、つまり月に12万円までの保険診療においては老人でも1割負担になる計算です。当院の老人保険のレセプトの中で、薬剤費を合わせても月に12000点を超えるレセプトは1枚もありません。つまり、当院では老人全員が1割負担になるわけです。上限を設けているなんてのは全くの詭弁です!
もちろん私自身、私の診療所も生き残りをかけていろいろ考えています。老人保険がいずれ切り捨てられることは前から予測していました。老人保険に頼る医療経営はいずれダメになると数年前から考えていました。だから私は7年前の当院改築時、若い人が気軽に入ってこられるようなクリニックのデザインを考えました。別に老人を毛嫌いしたわけではなく、若い人により多く利用して貰えるように設計したのです。10年前、当院の老人保険の患者さんは全体の4割でしたが、現在では2割5分です。決して老人患者さんが減ったわけではなく、相対的に若い患者さんが増え、老人の割合が減っただけで、老人保険の患者さんの絶対数は未だに増え続けています。