医師の守秘義務
我々医師は、患者さんの診療内容について、医師法にて厳しい守秘義務が課せられています。患者さんの診療内容を第三者に話すと厳罰に処せられることになります。まあこんな患者がいて苦労したんだよ、とか私自身もHomePageにこんな患者がいましたと書いていますが、決して個人を特定できるような云い方、書き方はしていません。Online相談室の回答についても、患者さんの姓名やMail addressが間違って載ってしまっていないか細心の注意を払います。女房にもどこどこの誰々がと話すことはありません。よく買い物で偶然逢った知り合いの患者さんが、女房にこんなことで当院にかかって、こうなったんですよなんて話をするようです。まだ開業して間もなくの頃は、「△△さんがこんな病気でうちにかかっていたの?」なんて女房が私に聞いたものですが、最近は女房もちゃんと分かっていて、あまりそのようなことは話題にしません。彼女なりに私の立場を理解しているようです。当院では泌尿器科も標榜していますので、いわゆる悪い遊びをして病気をもらってきた患者さんも結構いらっしゃいます。それこそ誰々がなんて口外したら廃業ものです。新しく受付事務に就く職員に対しても、守秘義務があることについては私が直接注意を促しています。
最近こんな困ったことがありました。ある内科的な慢性疾患で当院へ通院している男性の奥さんが突然外来に来られ、ご主人の病態がどんな状態か教えて欲しいとのことでした。私自身その奥さんとは初対面でしたが、ご主人の病気はそれほど深刻なものではないので「イヤ、そんな心配するほどのことではありませんよ。」とお話し申し上げました。しかし、私のそんな返事では納得できない様子、ご主人に問いただしても教えてくれないので直に私のところへ来たとのことでした。まあ私としてはちょっと困って、私の守秘義務のありのままをお話ししました。我々は守秘義務について厳しい法律で縛られていること、ご主人が奥さんにお話しにならないのであれば、なおさらのこと私が奥さんにお話しできないこと(もしベラベラ話してご主人から何故妻に話したんだ?! と怒られれば、私は返す言葉がありません。)等をお話ししましたが、奥さんは段々不機嫌になってきます。「それではご主人によく聞いてくださいよ。ご自身の状態は詳しくお話ししてありますから。」ついには「私はあなたが○○さんの奥さんであることも確認していないんですよ、もしあなたが生命保険の勧誘員で、ご主人の健康状態を内偵中だったら、私は訴えられちゃいますよ!」とまでお話しし、お引き取りいただきました。恐らく奥さんは私に対して非常に不愉快な印象を抱いたかと思いますが、私としてはこうするしかなかったのです。
もう一つ困った話、ある私の患者の議員さんが選挙直前に私のところで胃カメラをしました。ところが早期の胃癌だったんですよ。選挙が終わるまであと約2週間、社会的な立場のある方ですし、ご本人もしっかりした人なので、いずれはご本人に本当のことを話して手術を受けていただくことになるのですが、何さま間が悪く、今本人に「あなたは胃癌ですよ。」なんて云ってしまうと選挙にも影響するだろうと悩みました。しかし、私だけが選挙終了まで真実を2週間も胸にしまっておくのにはあまりにも荷が重すぎます。結局思い悩んで、数日後、息子さんを呼び寄せ、「選挙が終わるまで待つことについては危険はないので、一応お話ししておきます。私の胸だけにしまっておくのはちょっと問題ですから。」と癌であることをお話ししました。しかし、これは結局私が守秘義務を守らなかったことになりますね。この方は見事当選を果たし、その直後に全てを話して病院を紹介、手術をして事なきを得ました。胃癌は術後5年間再発がなければ治癒と見なします。つい最近無事5年を経過し、ご本人に「こんなことで私は随分悩んだんですよ。」とお話しましたが、ご本人は笑っておられました。難しいです。
ある3世代の家族全員で当院をご利用していただいている方々がいらっしゃいます。その中の若い女の子(もちろんまだ未婚)が風邪をひいて当院に来院されました。風邪薬を処方するに当たって、私は可能性のある年齢の女性には必ず聞いていますが、「妊娠はしていませんね。」と尋ねたところ、彼女は「う~ん!」と考え込みます。「あれっ、可能性がない訳ではない?」と聞き直すと、どうも覚えはあるとのこと。困ったなあと私も考え込んでいたら、我に返った彼女が突然「あっ、お父さんには内緒にしておいてください!」と云います。「もちろん、そんなことは云わないから心配しなくていいよ。」と申し上げましたが。我々には厳しい守秘義務があることを彼女にも説明しました。そんなことお父さんに私が話したら、大変なことになりますものねえ。
交通事故の保険会社から被害者である患者さんの通院状況、診療内容、病状等を問い合わせる電話もよくありますが、私は必ず本人の照会承諾書をFaxで送ってもらい、それを確認してから話しをしています。承諾書がないと、「他の先生はみんな話してくれるのに。」と担当者が云いますが、私の返事は「じゃあ、その他の医者がみんな非常識なんだよ!」と云ってしまいます。きちんとした保険会社は予め承諾書を取っており、私の請求に際してすぐにそれを見せてくれますが、ちょっとルーズな会社はその限りではありません。やはり、患者さんに不利になるような情報はなおさらのこと、話すことは出来ないのです。
よく税務調査でカルテを見せろなんてことがあるようです。私の処には過去11年で2回ほど(少ないでしょ? ちゃんと不正をしないで申告しているところにはあまり税務調査は来ないのです)来ました。1回目は診療所を父から引き継いで間もなくのことで、税務署員に云われるままにしましたが、約6年前に来たときには、だいぶ私も勉強していて、もしカルテを見せろと云われたらちょっと云ってやろうと身構えていました。結局カルテを出せと云うことにはなりませんでしたが。ものの本にはカルテを税務調査で見せる義務はない旨書いてあるのですが、実際に法律的に税務署の権利が優先されるのか、我々の守秘義務が優先されるのかは明確にされていないようです。凡例として過去に税務調査でカルテの閲覧を公に認められた例があるようですが、この凡例の場合、帳簿もない、金銭出納もずさんでやむを得なかった場合だと注釈がありました。ただ、税務署はこの特例をあたかも当然の如く話してくるので、その時はそれが特例中の特例であることを前面に出して断りなさいと云うアドバイスがその本には出ていました。前回Grumbleに書いた報道の自由が優先されるのか、基本的人権が優先されるのかと全く同じ問題ですが、落ち着いて考えればどちらが優先されるべきかはおのずと答えが出てくるはずなのですが、人間と云うのはやはり自分の立場を最優先してしまうので、結局問題が起きるわけです。名古屋刑務所の受刑者名簿流出なんて、それこそ刑務所を閉鎖するくらいの重罪だと思います。例の歯科医師国家試験漏洩についても、どうやら守秘義務違反で告発されるようですね。それは私も知りませんでした。おそらく国家試験を作ったからと云って大した給料をもらえる訳ではないだろうし、余計な仕事は引き受けない方がいいのかもしれませんね。まあ私が国家試験の問題を書くようなことはありえませんが、もしそうだったらペロッと云っちゃいそうですね。結構こんなことで我々も苦労しているんですよ。他人のプライバシーまで踏み込まなければならない仕事なのでしょうがないのですけれど。皆さんにはだから安心してくださいと云いたいんですが、中には悪い医者もいない訳ではないですからね。モラルの問題ですけれど、まあこれを破るような医者は免許取り上げでいいんではないでしょうか?