この薬を飲むと……、
最近、外来でよく患者さんから「この薬を飲むと.....」と会話が始まることがあります。マスコミの加熱しすぎた報道のせいでしょうか? ”副作用”と云う言葉の響きが、我々医師が考える以上に敏感な感情を持つ患者さんに悪く作用している(正に報道の副作用)ように思えてなりません。数ある薬の中で、患者さんがこの薬が原因と断定しておっしゃることが多いのですが、そんな時「何故この薬のせいだと思われるのですか?」と理由を尋ねると、明確な答えが返ってくることは殆どありません。非常に不思議な思いです。この薬のせいだと思っているうちはその患者さんの状態は良くならないと考えています。私がそう確信したときには「あなたがそう思っているうちは絶対に良くなりませんよ。」とハッキリ云ってしまうこともあります。「それはあなたの不摂生が原因ですよ。」なんて根拠もなしに云おうものならきっと患者さんも怒ってしまうでしょうね。
我々医師が薬剤を処方する上でアンチョコになる本があります。A4版で厚さ7.5cm、重さ3kg以上ある真っ赤な本です。一つ一つの薬剤について詳細な説明が書いてあるのですが、当然副作用についても詳細に記載されています。その中で”まれに”、”時に”、”頻度不明”と前置きして副作用が書かれています。この副作用発生頻度は初めから約束事になっており、確率として”まれに”が0.1%未満、”時に”が0.1~0.5%未満、副詞なしが0.5%以上又は発生頻度不明とキチンと定義されています。ある患者さんが私に云われました。”この薬を飲むと○○と△△と◎◎と□□が起きる”って。この患者さんの”まれに”、”時に”の確率を計算すると数10億分の1、私が宝くじを買えば必ず前後賞合わせて1等賞が当たるはずです。今ではこの本のCD-ROM版があり、私は診察室のコンピューターにそれを入れてすぐに検索できるようにしています。患者さんに「ちょっと待ってください。調べてみますから。」と云って検索する場面も日常診療で結構あります。
いつぞや待合室の患者さんが他の患者さんに「あなたのも見てあげましょう。」と云って”医者からもらった薬が分かる本”をめくっていました。「薬に関する質問は僕に聞いてくれれば結構ですから、他の人にいろいろやるのは辞めてください。あなたがその本で自分の薬について勉強するのはご自由ですけれど。」と云って辞めさせました。困ったものです。確かに自分の飲んでいる薬についての知識を深めるのは必要なことかも知れません。新患の患者さんで新たに私が処方を出そうとするときに、「他に飲んでいるような薬はありませんか?」と必ず尋ねるようにしていますが、中には全く薬の名前や効能すら知らずに医師からもらいっ放しと云う患者さんも多々見受けられます。今は健康手帳や老人手帳が普及していますので、医療機関や薬局に頼めば(或いは頼まなくても)処方されている薬の記載をしてくれるはずです。そんな手帳を持ち歩き、診察室でこれを飲んでいますと云って出していただくだけで我々の診療はグンとやりなすくなるものなのです。
ある雑誌に書いてあったのですが、ビタミンEは足の末梢血管が開いてしまう副作用があると。 ??? 下肢の血行不全や冷え症で末梢血管の拡張を期待して我々はビタミンEを処方してきたのですが。降圧剤を使うと血圧が下がってしまう、経口糖尿病薬を使うと血糖値が下がってしまう、と云うのと同じだと思うのですが。なかなかそんな巷の本にも的を外した内容が書いてあることがあります。参考にはしていただきたいのですが、あまり惑わされないように気を付けていただきたいですね。
漢方薬には副作用がないと云う間違った認識を持っている患者さんも多々いらっしゃるようです。「エッ?! 漢方薬にも副作用があるんですか? それでは結構です。」と云って診察室を出て行かれた患者さんもありました。漢方製剤の中に含まれる甘草には尿中にカリウムを追い出し、低カリウム血症を起こす可能性があります。麻黄には子宮の収縮作用があります。虚証の患者さんに実証用の漢方製剤を使うと、様々な不定症状が出ます。漢方薬だって私はそんなことを気にしながら処方し、しばらく飲んでいただいた後にも変わりがないか気にしています。その一方で健康食品と云う言葉は消費者(ここでは患者と云う言葉は使いません)は非常に優しく聞こえるのでしょうか? 何故か保険が使えず高い薬もどきに一般の人は惜しみなくお金を注ぎ込むようです。私にはこれが不思議でなりません。そして遂にこの健康食品で副作用死が出てしまいました。最もこの健康食品は医薬品に分類されてしかるべきなのですが。確かに中国などでは厚生事業があまり進んでいるとは思えず、しかも一般の人の漢方なら大丈夫と云う間違った認識がこれほど被害を大きくしてしまったような気がしてなりません。やはり、信頼できるかかりつけ医を持ち、例え健康食品のことでも気軽に相談できるように準備をしていただきたいと思います。