Dr.Takの船舶免許取得日記第5日目
さあ! いよいよ実技の開始です。船体の点検から始まりエンジンの点検、そして周囲を確認後エンジンをかけ海に出ていきます。例のでかい船で……。このでかい船で実技の講習を受けるのは私ともう一人だけ。どう考えても彼の方が優秀です。彼はよく知っています。夜中勉強しているのかい? 私もしてはいるんですけれどね。教官はもう退役した元船乗り、世界中を駆け回ったようです。でも優しい人でした。私が車の免許を取った頃、教習所の教官はみんな意地悪だったらしいです(私は父の紹介で父の患者さんに教習を受けましたからストレスは全くありませんでしたが)。私の医学部の同級生で車の教習中に「お前はバカだ。」と散々罵られ、ついに切れて「じゃぁ俺が馬鹿なら微分積分で勝負しようじゃねぇか!!」って教官を怒鳴りつけて教習所を辞めた奴がいます。でもこの海技学校ではそんなことは皆無、のんびり、本当に楽しく教示を受けました。実技の途中の休憩時間に仕事の話になりました。「へぇ、Takさん、お医者さんなの?」 憶えの悪いこいつが医者かぁ? と教官は考えたのではないでしょうか? さぁ! Let's go to the Sea !
実技の実習が始まりました。船体の確認後、エンジンルームに入り、各部の名称、点検を習います。しかし......、閉所恐怖症の私はあまりここに長居はしたくありません。私のおかしな態度に同僚も気付いたようです。よく手入れの行き届いたピカピカのヤンマー製ディーゼルエンジン、360馬力。このエンジンの艶を見て、如何に大切にメンテされているかが分かります。
大きなバッテリーを二つ積んでいます。そう、これだけのスペースがあればいくらでも積めそうですね。オーディオ用にもう1ヶ余分に積みますか? 試験問題です。Q;バッテリーの電解液が自然に不足した場合に補充するものは次のうちどれか? (1)蒸留水 (2)硫酸 (3)塩酸 (4)アルコール 答えは(1)蒸留水 です。でもこれは車の知識で知っていました。
船底に貯まるこの水をビルジと云います。これがどんどん貯まってくるようだったら浸水します。またオイル漏れのチェックにもなります。適度に貯まるのがgood、多いようであればビルジポンプを使って排出します。しかし! ビルジにオイルが混ざっているようであれば、これを決して海に捨ててはいけません!
レーダーと魚探が並びます。その左がコントロールレバー。左がクラッチ、前進、中立、後進を操作、そして右の赤いレバーがスロットル、前に倒すほど速度が上がります。コックピットの視界は良好、振り返ると後部ドアを通して後方も見ることが出来ます。椅子には座りません。さあ、いよいよ船を動かします。興奮と緊張の一瞬。
さあ、点検も終わり出航です。「ではTakさん、エンジンをかけてください。」すると船尾まで走っていって「船尾廻り異常なし!」と確認してから。確認を忘れると教官が「何か忘れてない?」と尋ねてきます。セルモーターを廻すと愛牛よりも力強い音を出してエンジンが廻り始めます。1000回転に挙げて暖気、各計器を確認します。そして船尾に再び走り、「冷却水流出良し! 排気色良し!」
「前後左右良し! 前進! エンジンを2300回転まで増速します!」 今まで乗ったどの船よりも安定しています。他船の引き波にもびくともしません。乗り心地最高! 操舵によって確実に自分の意志通りに船は方向を換えます。ああ、運転しやすい! こんなでかい船でも私に操舵出来るんだ。感動に包まれた瞬間でした。もう充分な速度が出ています。エンジン音も軽やか、もう気分は船長さんです。
同僚と交代で操舵します。彼も些か緊張気味、しかし間違いなく彼の方が優秀な学生のようです。突然教官が左に船の写真を出して「左方から船が来ました。さあ、どうする?」 「自船は保持船ですから他船に充分注意しながら針路、速度ともに維持します!」 コンパスを見ながら、或いは目標物を決めて針路変更、ブイを落として人命救助の練習、メニューは盛りだくさんです。
興奮醒めやらぬうちに午前中の4時間の実技訓練が終了。無人島に接岸して昼食になります。ここにはもうお弁当が運び込まれています。まるでパラオのロックアイランドのオプショナルツアーみたい。5トン限定の他の受講生達とも合流します。しかしここでもロープ結びに不安な私は同僚から手ほどきを受けます。しかし.....、何回やってもダメだぁ! 今日もロープを借りてホテルに戻ります。
ロープ結びを一生懸命やって、それからようやくお弁当を食べ始めました。のんびり良いムード、お天気も良好、400円の弁当も美味しく感じます。お弁当を食べ終わると同僚が「じゃあTakさん、ロープの続きやりましょうよ。」と誘ってくれます。彼には本当にお世話になりっぱなしです。新しいことを頭に入れるのがだいぶ難しくなってきたくらい脳みそが堅くなっているのでしょうか? 昔、研修医時代に糸結びを一生懸命やっていたことを思い出します。
午後の実技訓練開始。また広いところに出て今度は右旋回の小回り。前進後進を繰り返しながら180度船の方向を変えます。これまた結構難しい。スロットルを開けるタイミングが前進と後進とで違います(もうこのページを書いている時点でどう違うのか忘れている......。)。そしてまた接岸の練習。船のプロペラ(スクリューとは呼ばない)には右回り、左回りによって横圧力と放出流が生じ、右回りの場合、左舷接岸の方が楽になります。右舷接岸は難しい。
「じゃぁ、あの左前方の船に左舷着岸をしてごらん。」そう指示されて「前後左右良し!」と声を出して向かいました。着岸はビシッと成功! そう、ここで私の不安は杞憂であったことが分かりました。でかい船は風や波の影響を受けにくい、安定しているんです。あとで他の小さな船で実習をした受講生に聞きました。着岸は風や波に煽られて難しかったって。こんなでかい船だって私でも充分に取り回せるし、却って操舵が楽なのです。と云うことは......、でかい船を買わなければダメか.......?
途中木材運搬船が積み荷を降ろしていました。東南アジアか南米あたりから来たのでしょうか? 大きなクレーンで木材を海に降ろし、それを小型船が器用に巧く押して運びます。でも見ていると如何にも危なそう。クレーンから木材が落ちたら船に直撃ですね。それに浮いている木材の上をヒョイヒョイと人が歩いています。でも教官曰く、ときどき落ちる奴がいるんだよな。私の知らないところで船舶免許を持った人がそれぞれ働いているんですね? 遊びの目的で免許を取るのが申し訳ないような.....。
合計8時間の実技訓練が終わり帰ってきました。結構大変だったけれど楽しかった。とにかく、教習艇がでかすぎると云う不安は完全に杞憂に終わりました。そしてようやく自分がいずれは船を操舵するんだと云う実感が持てるようになってきました。でもあまりにも細かな厳格なルール、とっさの時に正しい判断が出来るのでしょうか? 道を走る陸上の方が大変だったと思っていたのに、実はその逆、道がないからこそ大変なんだと云う事を思い知った次第です。やはり免許取得後すぐに船を操るのは辞めた方が良さそうです。
夜はまた一人ぼっち、フラリと開いているお好み焼き屋さんへ入りました。これが私の夕食。確かに摂取カロリーは減っているはずです。初日はかなり飲みました。しかし翌日はホテルに逃げてきた別の二人とビール2杯だけ。それ以降は飲んでいません。明日は午前中4時間実技訓練を受けて、午後は実技試験。教官に頼んでロープも借りてきました。今夜は徹夜? とにかく実技試験中は安全の確認をすること。余分にやっても構わないから、やるべきところで忘れないようにしようと決めました。
船の免許を取りに来たんだと云う実感に浸れた1日、また非常に充実感を覚えた日でもありました。何より不安に感じていた船の大きさが安心できました。後で聞くと小さな船は本当に取り廻しが難しかったとのこと。今年11月には5トン限定と云う縛りがなくなり、自動的に大きな船を運転できるようになるので皆さん5トン限定で受講しているとのことです。私はその情報を確実には掴んでいませんでした。受講生からは船の雑誌に出ていたでしょう? と云われましたが、私が船の雑誌で見るのは中古艇の値段ばかり。確かに購読態度が悪かったかも知れません。でも今日の実技訓練を受けて、だいぶ余分に講習料を払いましたが、それはそれで良かったと考えています。もちろん緊張しているので船酔いも全くありません。それにしても、同じ船に乗った彼には本当に助けられました。