断末魔の保険医療
サラリーマンの保険診療自己負担3割が進められる中、特に保険診療のあり方が報道で取り沙汰され、その攻撃の矛先は3割負担を阻止すべく厚生族議員や医療機関にいつの間にか向けられるようになってきた印象を持っています。国民健康保険がもともと3割なんだから一元化すれば良いと云うような意見も聞かれますが、社保の3割を許せば今度は国保が4割になりますよ。これについて国は5割を目指すと明言していますから。
今や我々が提出したレセプトの審査を、営利目的の私的な会社が請け負って目を光らせているような状態です。先日テレビでは若い事務服を着た女性がアンチョコ本を見ながらレセプトをチェックしている姿が放映されていました。支払い側の言い分は保険診療は約束事だから、その約束に従った診療をしてもらわないと困ると云うもの。その言葉の中には、何とかして医療にかかる金額を抑えることが目的であり、患者さんの疾病の診断や治療がないがしろにされている実態にどうして皆さんは気付かないのでしょうか? そもそも薬の効能書きの中に書かれている適応症は最低限のものしか書かれていないのです。例えばある薬は下肢の動脈血栓症に適応が取られていますが、それは脳梗塞の治療にも大いに役立つものなのです。下肢の動脈血栓症は脳梗塞に比べて遙かに患者数が少ないもの、脳梗塞に適応を通してドンドン使われた日には財政がかなわないと云う考え方です。そこで、脳梗塞を起こす患者は切り捨てられている訳です。もちろん、そんな切り捨てが行われていることは勉強不足である大衆には理解できません。脳梗塞を起こしてしまったんだからしょうがないと云う考えになるのです。高速道路1本減らせば数千人の脳梗塞の患者さんに恩恵が廻ってくるはずなのです。
約束事だけの診療をしていれば良いのならば、医学部入試は小論文と面接だけにして、それこそ世間が嫌う医者に的確ではない人間を篩いにかければ良いじゃないかと私は考えています。そして医者になることがそれほど難しくないようにして、医者のステータスを落として、そうすれば医療費なんていくらでも下げ放題ではないですか? 初診料350円、再診料60円、盲腸の手術料が5000円、そうすれば30兆円と云われる国民医療費が3~4兆円で済みますよ。そして心配な人だけが自腹で5万円払って盲腸の手術のデラックス・コースを選べば良いんです。だって資格もない二十歳そこそこの若い女性がこれは適応外ですよと云ってレセプトにケチをつける、そんなレベルのことなんですから。医師の裁量権なんてあってないようなものです。
誰もが安心して安価で受けることの出来る保険診療が今ここに崩れ去ろうとしています。何故皆さんはそれに反対しないのですか? 命よりも海を埋め立てて畑を作ることが大事ですか? ものを運ぶために時間を短縮することが大事ですか? 努力するつもりではありますが、診療報酬が下がれば必ず医療の質は下がります。現に介護保険の介護の質はどんどん下がり、当院の患者さんの中でも施設に嫌気がさして転々としている人がたくさんいます。初めはビジネスチャンスと唆しておいて、後で費用を切り落としていく国の詐欺顔負けのやり方の弊害が早くも出てきているのです。資格を乱発して、それに踊らされて転職を考えた人達の中にも、今や途方に暮れている人が少なくはありません。受診抑制をかけ、10年後には今のままでは必ず日本人の平均寿命が短縮するはずです。それでも国は何かと理由をつけて責任を回避するでしょう。そもそも今の制度を強引に押し進めた厚生官僚は10年後には同じ仕事をしていません。恐らくは何処かの特殊法人や製薬会社に天下りし、大した年俸と退職金を手にしてほくそ笑んでいるに違いありません。特殊法人を潰し、官僚の天下りを止めることが出来ない今の政治には国民本位の政が出来るはずがないのです。だからみんな既得権にしがみつくわけです。もう恐らく後戻りできないところまで来ていますね。ホントにこれからの医療はどうなるんでしょうか? 少数勢力の医者の側が騒いでも(今更もう歳だからどうでもいいよと云うご老体が医師会の権力を握っているところにも問題があるのですが)、国民の関心はあまり集まりません。これも巧くマスコミを利用してきた国の策略が成功しているわけですけれど、その先行きに光は全く見えません。だからこそ、今となっては私も老後に日本を脱出することを考えていますし、子供達にも医者になってもろくなもんじゃねぇぞって話しているところなのです。きっと国の思惑通りに、保険医療の本人負担が4割、5割になっていよいよ自分達の首が絞まってきたときに今まで知らん顔をしてきた大衆が国の策略にはめられたことに気付き騒ぎ出すのでしょうけれど、その時にはもう手遅れと云うことになっているでしょう。我々もそのころには国の政策に反対意見を突きつけられるほどの体力を残していないでしょうから。