機械的査定
今年4月の保険改訂で以前Grumbleに書いた205円ルールが撤廃されました。これにより、我々医師が患者さんに処方した1日薬価が10円の薬でも保険者(我々に診療報酬を支払う基金)がその薬剤名を知り得ることになりました。そしてその薬1剤1剤に”適応症”と云うものが予め定められ、その中のルールでしか薬を処方できなくなりました。皆さんがそれだけを聞けばそれは当たり前と思われるかも知れません。しかし、その大元たる適応症の定めが理にかなうものではなく、私個人的にも理想の医療から遠ざけるものなのです。
その一例を挙げてみます。ごくごく一般的に使われる消炎鎮痛剤、通常はこのいわゆる痛み止めに定められた適応症は
(1)次の疾患並びに症状の消炎・鎮痛:慢性関節リウマチ,変形性関節症,
腰痛症,肩関節周囲炎,頸肩腕症候群
(2)手術後,外傷後並びに抜歯後の消炎・鎮痛
と云うのが殆どです。ところが多くの消炎鎮痛剤は上気道炎(いわゆる風邪)の発熱や痛み(関節痛や神経痛)にも効果があるものなのです。この上気道炎に適応症の通っている消炎鎮痛剤はごく僅かしかありません。私が自分の診療所で上気道炎に使っている消炎鎮痛剤は現在2種類、それ以外に消炎鎮痛剤は5~6種類を痛みの程度によって使い分けていますが、もしこれらの消炎鎮痛剤を上気道炎に使うと、適応外として査定(診療報酬から薬価に相当する金額を削られてしまう)されてしまうのです。私の使う上気道炎に使っている消炎鎮痛剤2種類のうち、1種類は古くから適応が通っているものの、インフルエンザやある種のウィルス感染症には副作用の危険から使わないようにとの指示が来ています。そしてもう1種類はある時突然上気道炎に適応が通りました。突然適応が通った理由と云うのがいくら私のGrumbleのページとは云え、記載するのを憚るような理由なのですが、その由を当院へセールスに来る製薬メーカーのMRに問いただしてもみんな知らないようです。
もし既存の薬品に新たに適応追加を申請することになると、効果があることを二重盲検法(実際の薬と偽薬を使った2つの集団の結果を統計処理して、統計学的に有意差を以って効果があることを証明する方法)で資料を作って提出しなければならず、時間的にもコスト的にも膨大な労力が要求され、実際には行われないと云うのが実状なのです。そんな中でもつい最近認められた肺ガンの特効薬や抗インフルエンザ薬は超法規的に早く承認を得たのは幸いでしたが。
さてここでその205円ルールの撤廃により、適応症(もともと国の主導で決められた医学的に理に叶わない約束事)のチェックが厳しくなり、片っ端から査定が始められているようです。今まで205円ルールが存在したのは、膨大な全国レベルのレセプトの枚数の中でそこまで細かくチェック出来なかったと云うのが一番の理由ですが、その中で多少医師の裁量に任せて黙認しようと云う考えがあったのも確かだと思います。ところがコンピューターが普及して、そんな細かいところまで機械的にチェックできるようになったのが災いのもと、薬剤名を全部書かせて適応外の大義名分の上で医療費抑制が始まったわけです。しかもその査定そのものが医療の資格を持たない営利企業の株式会社、以前テレビでやっていた20歳代のOLが時にアンチョコを机の上に置いて医療費削減を支払基金から下請けで任されてやっていることなのです。医師に任されていた柔軟な医療が、医療費抑制のかけ声の元にコンピューターと付け刃的な素人の知識によって駆逐されていく結果になったわけです。そこには患者さんに対するアナログ的な医療は存在しません。患者さんに良かれと思いやったことをコンピューターはエラーと認識してはじき出します。そして査定する側は主役である患者さんサイドにはそのようなことを決して知らせることはありません。我々も赤字にするわけには行きませんから、査定され、コストを削られればその後はそれに従わざるを得ません。昭和30年代に国が日本医師会に頭を下げて作った保険医療が、40年経つといつの間にか優位な側に立って、しかも最新の機械を使ってコスト削減を第一目標にして医療を締め付けているのです。恐ろしいことではありませんか? 205円ルールのGrumbleの結語をくり返しますが、是非皆さんもこのような理不尽なやり方に気付いて反対してもらいたいと思います。