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医師のアルバイト



暴露本風に”医師のアルバイト”のことをお話ししたいと思います。
 初めての私のアルバイトの話をします。土曜日の午後、病院を出発して電車に乗ること約3時間、とある地方都市の救急病院でした。ここは土曜日から月曜日の早朝まで泊まり込み、手取りで当時13万円もらえると云うところでした。当時の私にしてみれば、1ヶ月の基本給の3倍のバイト料が2泊でもらえる訳です。しかし、初めての独り立ちと云うことで恐ろしくもあります。それとこの病院の特徴として、夕食は院長夫人の手作りの料理を院長の自宅でいただくと云うもの。その後も院長に会ったことはありませんが、何処に行っていらっしゃるのでしょうか? その奥様の手料理と云うのがものすごい品数、ボリュームだと云うことは以前から聞き及んでいました。私も初めて行って驚きましたが、それはそれは美味しくいただきました。私の食べ方がどうして伝わったのかよく分かりませんが、後日大学の上司から「○○病院の晩飯を残さず全部食べて、しかもご飯をおかわりした奴はお前が初めてだ。」と云われました。お出しいただいたものは全ていただくのが礼儀、頑張って食べたのですが、多分院長夫人が私の食べっぷりを喜んでくれて、医局に報告されたのではないでしょうか? この日の救急患者はバイクで転倒して足を怪我した若いカップルの創処置、便秘で腹痛を起こし、浣腸をした小さな女の子、風邪の患者さんが数名程度で済みました。バイク転倒のカップルは救急車で来ましたが、この救急車のサイレンが何ともイヤなものです。一人で当直室にいると、遙か遠くから「ピーポー、ピーポー、」と聞こえ始めます。だんだんサイレンの音が近づいて大きくなってくると「こっち来るな、あっちへ行け!」と心の中で唱えます。そして再びサイレンの音が小さくなるとホッとします。こんな事をくり返しているうちにだんだんサイレンノイローゼになってきます。プライベートな時間でも救急車のサイレンの音を聞くと嘔気がするようになってくるのです。正に条件反射です。初めはその地方都市の病院のように、比較的重症が来ない病院に医局が派遣してくれるのですが、そのうちに慣れてくると、いよいよ修羅場のような病院に行かなければならなくなってきます。でもそれがまた自分が医師としての仕事をしているんだと云う充実感にもなっていきます。ただし私は何処へ行っても患者を呼び、忙しくなって看護師に嫌われていたのはCoffeeBreak ”胃の中にいる虫”で話した通りです。一晩、私一人で救急車11台と云う日もありました。もちろんそんな日は一睡も出来ません。
 当時の私の所属していた大学病院は、いうなれば分院で、医局も比較的新しく、これから増え続ける医局員のために新たにバイト先をどんどん開拓している時期でした。断らければ自宅が要らないくらい寝床には困らない状態でした。私の新婚1年目、1年間365日のうち192日が泊まりでした。女房と喧嘩すると「だってあなた帰って来ないじゃない!」と責められたものです。結婚後大学病院の当直は、1ヶ月間免除になります。夜は帰れと云うことです。ちょっと粋でしょ? 夕方院内で先輩に捕まると「ねえ、Takチャン、今夜△△病院に泊まってくれない?」と尋ねられます。「エ~ッ! 昨日は××病院で殆ど寝ていないので、今日は寝れる病院にして下さいよ~。」なんてやりとりが頻発します。しまいには、誰々先生が今夜の当直替わってくれる奴探してるぞ、なんて話が伝わってくると、その先生の姿を見てみんな逃げるようになります。「イヤ、今夜病棟に重症を抱えていますから。」と云うとこれは絶対通用する断りの理由になります。
 新聞に自衛隊医官のアルバイトについての記事がありました。彼等はアルバイトをしちゃいけないんですね。厳しいですね。何となく可哀想......。でもあなた方は防衛医大の学生の時から給料が出ていたんですものねえ。アルバイトをしないと技量が落ちるとも書いてあります。ボランティアと云う訳にはいかないんですかね。多分みんなやっているんでしょうね。正直に告白した人間だけがペナルティを受けるのは不公平だと云う声もあるそうです。でもそんなの皆同じだよ。私だって正直に確定申告しているからこそ税金で苦しんでいるんだから。あなた方は身分を国から保証されているんですからね。私なんざ、一生懸命努力しないと自分の診療所は潰れちゃうんだから!
 今思えばこのアルバイトに出たのも良い思い出です。社会や人生の縮図を見ているようで、いろいろな発見、喜び、悲しみもありました。医師がアルバイトに出ることを社会の目は厳しく見ているようです。自分の本業、大学病院の仕事や研究に没頭するべきと考えるのでしょうが、なにぶん月収4.5万、時間外を入れても6~7万の給料では到底やっていけません。必要悪なのかもしれませんね。もともと大学病院は、経験を積んだ先生でも決して給料は良くないんですよ。それなのに、大学病院の経営が苦しくなるのは、特に医業収入のシステムがおかしいと思わざるを得ません。そのくせ、医療に参入する業界の料金設定はべらぼうなものです。超音波断層撮影装置の定価が1000万以上、なのに売値は60%引き、レントゲンフィルムは保険点数の引き下げに反動して納入価格Up、前から話している薬代は保険点数ですら欧米の2~3倍、外注に出す血液検査はオートメーション化して、我々が請求を受ける金額の5%でpayできるなんて話を聞いたこともあります。まだ私がアルバイトに出ていた頃の病院経営はだいぶ楽だったのでしょうねえ。最近医者もリストラの憂き目に遭っている話を時々耳にします。昔のアルバイトを思い出しながらも、迷走する医療環境に一抹の不安がよぎる思いでした。