第三者行為
我々の医療行為の殆どは、社会保険や国民健康保険、もしくは労災保険で賄われます。だから実際には患者さんにお支払いをいただくのは、社会保険や国民健康保険の本人負担分、労災の場合は全額保険で賄われるために本人負担はありません。保険適応になっていない治療(例えば美容に関するものや民間療法に近いもの等)は患者さんが初めから保険適応でないことをだいたい認識してくれています。交通事故も含めて第三者行為と云うものは保険適応になっていません。つまり他人に殴られて怪我をしたときなんてのは、社会保険や国民健康保険では見てはくれないのです。案外このことをご存じない方がいて、ちょっと困ることがあります。
あまり大きな声では云えないのですが、例えば小学生同士の喧嘩で怪我をした場合でも、厳密に云えば第三者行為であって、健康保険では扱われないはずです。しかし所詮子供の喧嘩ですから、怪我した子供の親に話して、公にはしないことを確認して保険でやってしまうことが殆どでした。かつては「子供の喧嘩に親が出る~。」なんて馬鹿にされたものですが、最近はちょっと様相が違うんです。まず、母親は自分の子供が怪我させられたことに対して、”悔しい”と云う思いを持つことがあるようです。そんなときは診断書を要求されます。”全治約5日間の外傷と診断する”なんて書かされた暁には、保険診療では出来ません。やむなく「領収書を受付で発行しますから、加害者側に請求してください。」なんて云わざるを得ないことが何回かありました。中には「もっと重傷に書いてくださいよ! 悔しい~!」なんて云うお母さんもいました。困ったものです。
数年前こんな困ったことがありました。ある若い女性が電車の中で痴漢にあって、彼女の弁ではスカートの中に手を入れられ、その手を振り払おうとしたが、強引に手をひねられながら、なおかつその行為が続いたと云うものです。彼女は手の関節が脱臼を起こし、私が外来で整復しました。これは当然保険診療では出来ません。容疑者は既に現行犯逮捕され、担当の刑事さんが当院へ話を聞きたいと云うことで来られました。どうやら逮捕された男は再犯と云うことで、今回はかなり窮地に立っているようです。刑事さんから話を聞きました。彼女と犯人の言い分が食い違っているのだそうです。犯人の言い分は手を払いのけた時に彼女が手首をひねったとのことなんです。ちょっと法律のことはよく分からないのですが、結論から云うと、犯人の言い分では罪は強制猥褻致傷、ところが彼女の言い分では強制猥褻+傷害になり、この強制猥褻+傷害ではグッと罪が重くなり、刑務所行きは免れないと云うことなんです。たから刑事さんが私に聞きたいのは、手首の関節が何時はずれたかと云うことらしいのですが、私の返事は「そんなの分かんないよ~。」と云うところです。刑事さんも「でしょうねえ。」と云っていました。ある人から聞きましたが、最近痴漢行為で捕まる奴が多いんですが、「昔より女性が強くなったんですね。」って私が云ったところ、そうではなくて、相手から損害賠償を請求することが出来るので、公になることが多い旨聞きました。この間新聞に出ていたのは、電車の中で携帯電話を使っていたのを注意されたことを逆恨みして、痴漢にでっち上げられたと云う記事がありました。もう心配性の男性は満員電車の中で一生懸命両手を上に挙げる姿勢をとるんだそうです。私も気を付けなければ.....。
やはり第三者行為で健康保険の適応にならないものの中では、交通事故が一番多いですね。それも鞭打ち症が多いですね。これがまたやっかいなんですよ。以前、愚痴のコーナー、”自動車保険、傷害保険”の中でもいろいろとブーを垂れましたが、なかなか治らない人が多いんです。やはりこちらとしては患者さんから訴えがあると治療を継続しなければならないんですが、長引く鞭打ち症患者をずっと診ているとこちらもヘトヘトになってきます。一方で、保険会社の方からは「先生、そろそろ症状固定にして下さいよ~。」なんて電話が来ます。この間はたった3ヶ月で症状固定にしろなんて保険会社がありましたが、これは断りました。そんなことしたら診療所は信用を失います。症状固定と云うのは牽引等の理学療法や服薬を継続してもこれ以上良くならない、つまり後遺症としてこんな症状が残ってしまったと判断することなんです。私自身、6ヶ月から1年経過しても訴えのある人にはそんな話をしますけれど。結局後遺症に対しての慰謝料と云う形でいくばくかのお金が出て、事故を起こした人の責任は免責になると云うものです。こうなると、残った症状に対しては健康保険で理学療法等の治療を継続する訳ですが、「今後は健康保険で治療をしていきますから、続けて通院して下さいね。」と云っても、継続治療する人は皆無と云っていいほどです。思うに、被害者意識と云うのは症状を遷延させます。だからあまり余計なことを考えない小学生の鞭打ち症は割とすぐ治ります。それと交通事故でも任意保険に入っていないと、自賠責だけではなかなか被害者に満足していただけないようです。中には自賠責にすら入っていないなんて、これはもう法律違反になるんですが。任意保険に入っていない人には車を運転して欲しくないですね。この間車を定期点検に持っていった時、ディーラーに後ろ半分が潰れて廃車になったベントレー(新車価格3800万円!)がありました。なんでも居眠りの10トントラックが追突したんだそうですが、対物保険に僅かしか入っていなくて、そのトラックの運転手は何年かかるか分からない借金を抱え込んだそうです。
この第三者行為で健康保険の適応にならないと云うことは結構ご存じない人が多いようです。もしご存じなければ、是非覚えておいて下さい。