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患者さんの身体に触れること

 ドクターとの忘年会の席で、最近の医者は検査データばかり気にして患者の身体に触れることがない、つまり基本である触診をしないと云うことが話題になりました。患者さんの身体に医者が手を触れることなく診療が終わってしまうと。確かによくよく考えてみると、心当たりはありますね。私自身は特に消化器疾患の患者さんはだいたい診察室のベッドに横になってもらい、腹部の触診をします。”Knowkedge”のNo.10、”触診の妙”にも書きましたが、患者さんのお腹と云うのは返事が来るし、触診と云うのは非常に重要な意味を持っています。虫垂炎(いわゆる盲腸)の患者さんに対し、手術をするか、或いは薬で散らすかと云う判断を迫られるとき、よく白血球の数で決めると云うことがまことしやかに云われます。確かに白血球が20000を超えるようだと急いで手術、或いはもう既に穿孔性の腹膜炎が始まっているなんて判断をすることがありますが、実は患者さんを手術するしないかは触診で決めると云うのが事実なんです。胃炎の場合にも触診によって、割と軽い胃炎なのか、或いは胃潰瘍の可能性があるのか等の判断も冷静に行えば可能と云っても良いと思います。
 胃癌検診の胃透視(バリウムの検査)で要精密検査と云われた場合、患者さん自ら胃カメラを飲めば良いと云う判断をされるようです。よく初診の患者さんで、「胃癌検診で引っかかってしまったので胃カメラの検査の予約をお願いします。」と電話がかかってくることがあります。そのような場合、私は患者さんに「一度来院していただいて、どのような異常があったのか、書類を見せてください。そして検査前にお腹を触らせてください。」と云います。胃透視の検査で異常があったとしても、その内容によってはもう一度胃透視をやらなければならない場合もあるし、患者さんに何かしらの症状があるかないか、そして腹部触診上の所見はどうなのか? と云うことを知って次のステップに入るのと、何も知らされずに行うのとは雲泥の差があるのです。しかし、偉そうなことを云っていても、私自身ドジを踏むことがあります。胃癌検診で要精密検査となった患者さんの胃カメラの予約をした後、ナースに「あっ、いけね!!患者さんのお腹触るの忘れた! ちょっと呼んでもう一回診察室に入ってもらって。」と慌てて云ったことが何度となくあります。そして患者さんが帰ってしまって呼び戻せない時には、カルテに触診未と書いておいて、検査前に改めて腹部触診をしたこともあります。
 私の父にかつて云われたものでした。お前ら若い医者はすぐに検査をしたがる、しかし腹部をよく触診して癌を見つけなければならないと。その時の私の返事は「触診で分かるような癌を見つけたって助かりゃしないよ。内視鏡でごく早期の癌を見つけなきゃいけない時代なんだよ。」と。確かに早期の癌を見つけるのに内視鏡が絶大なる威力を発揮するのは間違いない事実です。しかしこの若い頃の私は触診の重要さを理解していたとは到底思えません。それに触診と云うのはやはり熟練と云うよりは経験を重ねなければなかなか分からないものです。また前立腺肥大症の場合、直腸診と云って患者さんの肛門から指を入れ、直接前立腺の触診をして、癌の堅さがないかどうかを確かめます。しかし前立腺癌についてはエコーや腫瘍マーカー等、もっと精密な方法があり、特に最近の前立腺癌検診では直腸診は省かれ、腫瘍マーカーによってのみ判断すると云う手法が取られています。つまり検診においては我々の手指は信頼されていない、もしくは必要ないと云う結果になったようです。
 かつて勤務医時代、私はカルテにお腹の絵を描く習慣がありませんでした。私のカルテを見た先輩の医師から、「Tak先生、自分の病棟の患者は毎日お腹を触って、その所見をカルテに絵にして書かなきゃダメだよ。」と云われました。今の自分にとっては当然のことですが、当時毎日患者さんのお腹は触っても、絵に書くことはあまりありませんでした。その注意を受けて以来、お腹の絵を書く習慣がつき、それは現在までも至っています。私の胃潰瘍の患者さんのカルテにはお腹の絵が縦にズラ~っと並んでいます。結構スペースをとっちゃうんですよね。
 最近よく耳にするのは、医者が診察室の机の上のコンピューターのモニターばかり見ていて、患者の顔を見ないと云うこと。確かに肝炎の患者さんなどは顔色や腹部の触診所見よりは、血清トランスアミナーゼの数値の方が如実にその人の状態を表しているのが事実ですが。大学病院では結局先生がコンピューターの画面ばかり見ていて、目を合わせることはなかったなんて話を聞きます。私自身はなるべく患者さんと目を合わせるように努力しているつもりでも、ついつい待合室の患者さんの数が増えてくると急ぐあまりとなりかねない状態です。
 逆に患者さんの身体に触れることが嫌がられてしまうこともあります。かつての痔の女性患者さんで、私の父の時代はいちいち肛門鏡での診察はしなかったと内診を拒否する人もいました。まあそう云われてしまえばこちらも手を出しませんが、直腸癌になって発見が遅れても私を責めないでくださいよってのが私の気持ちです。
 治療を施すことを”手当て”と云いますが、これは患者さんの身体に医者が手を触れることによって患者さんも安心を得、その行為自身が患者さんの治療に繋がることから出来た言葉と云うことを聞きました。外来にある器械を駆使して診断、治療に結びつけることはもちろんですが、やはり患者さんの身体に触れると云うことは大事だと考えています。それが患者さんの病態を把握する一つの手段であると同時に、患者さんとのコミュニケーションの一つでもあると考えて良いのではないでしょうか?