医薬分業は進んだか?
当院では約7年前から医薬分業とし、外来患者さんに処方箋を発行して調剤薬局で患者さんが薬をもらうようなシステムに変更しました。それまでにいろいろ悩まされることがあり、踏み切るのにずいぶん思い切りが必要だったのですが、今や充分に軌道に乗り、また当院近隣の薬局が患者さんに対して充分な配慮をしてくれるようになっているため、このようなやり方にして良かったと考えています。
約8年前に当院は改装をし、その時点では院内に薬局を置き、当院の職員が薬を袋に詰めたり、はたまた分包機を使って散剤を包んだりしていました。元々は私自身”赤い錠剤は1日2回ひとつずつ、青いカプセルは朝食後に1回だけ”なんて説明をしながら渡すことが理想と考えていました。医薬分業に踏み切った理由としては、まず第一に国の政策に伴い院内に薬を在庫しておくのが苦しくなったと云うのが正直な理由です。当時国は医薬分業を推し進め、医師は診断と治療方針を、そして薬剤師が服薬のための指導や管理を分担して、より間違いの無いシステムを構築すると云うのが謳い文句でした。その一方で薬剤師にも職をと云うのが暗黙のうちに考えられていたのは確かなことだと思います。かつての昭和34年、国民皆保険の実施に伴い、”国民へ安い医療の提供を”との政府の申し入れを突っぱねた日本医師会は、医師優遇税制と薬価差益を交換条件にして国民皆保険の推進に協力しました。そして30年以上の歳月が流れ、医師優遇税制と薬価差益が取り払われて安い医療の提供だけが残り、現在に至ってきたのです。更に製薬メーカーは医者への批判が高まったことを踏み台にして”建値制”と云う正に卸値を高く維持、独占するような方針を築き揚げ、我々医療機関が仕入れる薬剤の卸値を定価の90%以上、3~5%の消費税を加えれば差益が限りなく0に近付くように設定し、そして欧米に比べれば2~3倍もの定価をつけて販売してきました。当院が院外処方に切り替える際に抱えていた在庫が約1000万円、ほぼ1ヶ月の総収入に相当する在庫を抱えて、その差益がなければ経営として成り立たなくなるのは目に見えていました。
更に薬の卸し問屋も我々に加担する形で医薬分業を進め(各卸会社の担当者の中には自分で調剤薬局のオーナーになりたいと夢見る者も数多くいました)、その中の誘い文句に、従業員が一人か二人必要がなくなると云うものがありました。確かに薬を詰める職員は必要がなくなるかもしれませんが、今まで私に尽くしてくれた女性従業員を、自分が変更したやり方を理由に首を切るなんざ出来るはずがありません。そして従業員数を減らさないまま、遂に当院でも出入り業者を仲人として院内の在庫を一斉に処分し、院外処方箋を発行するに至りました。従業員を一人余分に抱えていても、自分自身が患者さんに尽くせば外来患者さんの数は自然に増加し、結局また充分な働きをしてもらう結果になると確信していましたが、今や更にもう一人新規に雇わなければ間に合わなくなるようになりました。院外処方箋を発行することにより、保険及び患者さんの自己負担分はやや増加し、はたまた患者さんに診療所と薬局との両方に待ち時間が生まれるような不便さがあり、私自身も患者さんに状況を充分に説明しながらも、余分な負担と不便さをかけることに些かの申し訳なさを感じたものです(実際に面と向かって文句を云われたのは一人だけでしたが)。
現在の院外薬局は当院から約50mほどの同じ通り沿いにあり、薬局長をはじめ薬剤師達とも気心知れ、私の理想通りに患者さんに薬を渡し説明、指導してくれるようになってきました。院外薬局に変更するメリットの一つに、医者には直接尋ねることが出来ない質問も薬剤師になら気兼ねなく出来るなどと云う腹立たしい話がありましたが、私は日常の診療において私に尋ねにくいなんて高い敷居を作った憶えはありません。イエイエ、皆さん遠慮なく私にどんどん質問を浴びせかけてくれています。門前薬局は許可にならず、また薬局からリベートを受け取ることは禁じられ(盆暮れだけはたいそうなものを送っていただいていますが)、旧厚生省の足かせは未だに充分な効力を発揮していますが、そんな中で私自身も薬局との非常に良好なパートナーシップを維持しながら、日々の診療に当たることが出来ています。しかし、全国平均で院外処方を実施している医療機関は未だ4割前後、国が大見得を切った素晴らしき?システムは未だ全国レベルでは充分に浸透してきてはいないようです。もちろん、周囲に薬局がないような僻地で開業する医院、診療所もあるでしょうし、当然の事ながらその薬局が経営面で充分成り立つだけの患者数を確保できないのであれば薬局は出来ないでしょう。そして一つの薬局が日本で販売される全ての薬剤を在庫として網羅出来るわけではなく(全く同じ分子構造、効能効果でありながら、製造メーカーと商品名が異なる薬は山ほどあります)、また最近になって医療財政の逼迫を緩和すべく、ジェネリック製品を国が20円ほど高い処方箋料をエサに各医療機関に薦めている事実もあります。やがては薬剤の商品名ではなく、製剤名を処方箋に記載させ、どのメーカーのものを患者さんに渡すか(もっと云うなら一流品を選ぶか二流品を選ぶか)を薬局の判断に委ねるような形になりつつあります。そんな中でジェネリック製品を製造するメーカーへの質的向上を促すような指導もなされているようですが。
アメリカではスーパーマーケットの中に調剤薬局が密度高く存在し(アメリカで雑貨屋さんがドラッグストアーと呼ばれるのはこれが所以です)、正にビタミン剤を買うような感覚で処方箋が扱われ、更に薬剤師は医師の処方を変更するだけの資格を与えられ、そして日本に比べてはるかに長期間分の処方を受け(その間に薬剤師がキチンと服薬しているか、医師を受診しているかを確認します)、服薬ともに自己管理の責任が患者さん個人に課せられています。それが良いのか悪いのかは別にして、日本もそれに追随するような形をとっています。このColumnのテーマの”医薬分業は進んだか?”と云う問いには、現時点では”No.”と云わざるを得ない現状です。都心部ではだいぶ分業が進み、若手医師が新規に開業する上では近くに薬局があるかと云うことも大事なマーケティング調査のポイントになっています。そしてもちろん信頼できる薬局であることも重要なファクターだと考えます。一時期は1日に35枚の処方箋が来れば経営的に充分に成り立つと云われていた調剤薬局も、今では更に経営条件が厳しくなり、またまた大きな病院の廻りでは過当競争になって共倒れなんてことも聞き及んでいます。まず医者の側ではなく、もちろん薬剤師の側でもなく、患者さんを主体に考えた医療がこの医薬分業も含めて充分に検討されるべきと考えています。