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Dr.Takが怒られたとき

 今では私はお山の大将、一匹狼、今や私には上司はなし。だから私を叱る人と云うのはせいぜい私の母親くらいしかいません(しかも怒られたって怖くありません)。しかし自分を叱ってくれる人がいないってのも実は怖い話し(歌舞伎町でやくざに怒鳴られたことはありますが)、自分が気付かない間に飛んでもないへまをやらかすことだってあるかも知れません。だからこそ日々の仕事は慎重にやっています。しかし、勤務医時代は結構怒られました。そんな想い出を差し障りのない範囲で綴ってみました。

 大学病院の外科に入局して1週間のオリエンテーションが終わり、新研修医はまず病棟に配属されます。病棟に配属されて間もなく、私は自分で受持になった10数名の患者さん一人一人に挨拶に廻りました(もっとも自分の部下が新しく入ってきたときや、主治医交代の時は私が必ず付き添って紹介していったものですが)。偶然にも受持の中に二人○△◎□さんと○△◎□子さんと云う二人の女性患者さんがいて(○△◎□は姓、名前まで漢字1字と違いません、子がつくかつかないかだけの違いです)、そのうちの一人にまず挨拶に行きました。「初めまして、今度○△さんの受持になりましたTakと申します。宜しくお願い申し上げます。」と家族ともども病室にいた患者さんに云うと、家族と目を見合わせた患者さんが「エッ? 私は明日退院予定なんですけれど。」と云われてしまいました。その後もう1回カルテを調べなおして初めて名前の似かよった患者さんが二人いることに気付いたのです。当時の上司に「イヤ~、そんなことで間違えちゃいました。」と気軽な気持ちで報告すると、意外にもかなりシビアなお叱りが飛んできました。「何だよ、お前!? 患者を間違えるなんて最低じゃね~か?」結構マジな顔でそう云われました。確かに間違いは大変なことではありますが、今日病棟に配属されたばかり、それも偶然にもたった1字ちがい、姓名も決して鈴木だとか佐藤みたいなありふれた名前でもなく、恐らくこんな似た名前だったら病棟では”気を付けるように”との指示が出ているはず、一言云ってくれても良いじゃね~か? と云うのが私の本音です。退院しない方の患者さんは重症でした。

 長期間食事が出来ない患者さんには中心静脈栄養と云う特殊な手法で栄養管理をします。鎖骨の上若しくは下から針を刺し、その針の中にチューブを通して心臓の右心房入口部まで挿入して固定します。そうすると手の点滴では10%のブドウ糖液までしか輸液出来ないところ、いわゆる高カロリー輸液を流して患者さんに時には脂肪乳剤まで使用して1日に4000KCal以上の栄養を入れることが出来ます。この鎖骨下静脈穿刺のテクニックを見につけるのがいわば外科医1年生の一つの卒業項目と云って良いでしょう。私が受け持つ患者さんは殆どが消化器疾患、しかも消化管の悪性腫瘍が多く、殆どの患者さんにこの中心静脈カテーテルを挿入します。しかしこの手技の一番の難点は、場合によっては肺尖部に針が行ってしまい、気胸を起こしてしまうことがままあること。ここで私は外科医を、ましてや自分を擁護するつもりはありませんが、この気胸は必ず起きてしまうことなんです。もちろん下手くそがやって肺に穴が開くことがありますが、解剖学的な患者さんの個人個人のバリエーションもあり、かなり熟練した人もやってしまうことがあるのは紛れもない事実なんです。よく「俺は気胸を起こしたことがない。」と云う医者がいますが、そんな奴に私は「それは経験数が少ないからだよ!」って云ってやることにしています。かく云う私は......、そう起こした気胸の数は結構あります。患者さんには心底お詫びして胸腔ドレーンと云う管を胸に入れさせていただいて、しばらく時間が経過すると治ります。上司からは「しょうがねぇなぁ、しっかり患者さんに謝ってドレーンを入れておけよ。」と云う言葉で終わるのですが、ある病院で気胸を起こしてしまった私はある先生からこっぴどく怒られました。”もうしばらくお前はやるな”みたいな勢いでした。この手技は若いドクターしかやらない手技、教授、助教授クラスの先生は経験もなく、そんな穿刺はやりません。もちろん私を烈火の如く怒ったその先生にも出来るはずがありません。まあそんなことを云われてしばらくは手が動きにくかったものです。他の科ではやはり若い先生が上司の奥さんに気胸を作り、こっぴどく怒られていた先生もいらっしゃいました。その科では滅多に中心静脈栄養なんてしませんからね。ご愁傷様です。昭和天皇が亡くなる間際、やはりこのチューブを入れました。当時誰がやるんだろう? と我々の間ではその話題で持ちきりでした。「気胸を起こしたら切腹か?」なんて云っていましたが、ものの見事にその重責を果たした先生がいらっしゃいました。あとで分かったことですが、某大学病院の3年生の先生だったそうです。
 もう一つ、この気胸にまつわる話。私の受け持つちょっと重症な患者さんが、人工呼吸器で呼吸をアシストしながらやはり気胸が起きていました。肺に小さな穴が開いて肺の外、胸腔内に空気が漏れ出る訳ですから、人工呼吸器で無理矢理空気を押し込むと非常に危険な訳です。しかしその患者さんは何とかドレーンを入れないで上手く行っていました。出来れば患者さんにドレーンを入れるために痛い思いをさせたくない、感染の源になるような余分な管は入れたくない、主治医として私情を大いに挟んでの決断であり、結局私はこの患者さんのためにその日は病院に泊まり込みました。徹夜でその患者さんの状態を観察し、レントゲンを数回撮影し、翌朝のレントゲンでも気胸は悪化せず、肺の虚脱はごくごく僅か。良かった! ドレーンを入れないで済んだ! とホッとしてその日の私の仕事である外来患者の胃透視に行きました。朝の一番新しいレントゲン写真をシャーカステン(レントゲン写真をかざす蛍光灯付きの板)にかけたまま放射線科の外来に行ったのが敗因でした。ちょうど胃透視をやっている最中、その病棟から私に内線電話がかかってきました。その病棟の看護婦から「△△先生がもの凄い勢いで怒っているのですぐ来てください。」とのこと。残りの胃透視の患者さんをおいて私は病棟へすっ飛んで行きました。看護婦から聞いてみると、その△△先生が「Tak君はこのレントゲン写真を見たのか~!? 論外だ!!」と病棟中に響く声で怒鳴っていたそうです。患者さんのところに行くとその△△先生に私はまた怒鳴られました。「早く胸腔ドレーンを入れろ!!!」 私は逆らうことも出来ずにすぐさまその患者さんの胸にドレーンを入れました。ああ、これをやりたくないから徹夜でこの患者さんを見ていたのに........。でも確かに上手くはいっていたものの、私のやっていたことは常識外かも知れません。この件に関しては私は返す言葉はありません.........。

 今や人を怒ることはあっても怒られることはない私、ちょっとたまには怒られてみたい気がしないでもないのですが.........。どの世界でも一緒でしょう、怒られ、怒鳴られながら若い人は成長していくものなのです。今回は3つのエピソードをお話ししましたが、また時々こんな話を(あくまでも私が怒られたものだけにしますが)書いてみようと思っています。