贈り物の功罪
年末にはずいぶん多くの患者さんからお歳暮をいただき、本当に恐縮しています。私がそれほどのお役に立っているのか疑問なところですが、お送りいただいたものは女房から報告を受け、女房にお礼状を書いてもらっていますし、また直接診察室でいただいた場合には直に御礼を申し上げて受け取っています。もちろん私自信も昔お世話になった人や、今現在でもお世話になっている人にはお歳暮やお中元を贈っています。正直なところ誰に贈り、誰には贈らなくて良いかについて悩むことも結構あります。
かつて私は自分の働いていた病院のナース達宛で病棟、手術室、集中治療室などにジュースやお茶などの飲み物を贈っていました。過酷な労働をこなし、彼女達が控え室で一休みするとき(タバコを吸ってる奴が結構多いんだよな)にふと私の名前を見てくれれば”Tak先生は元気にやっているよ”、”当院から送った患者さんを宜しくね”と云うメッセージも同時に伝わるのではないかと考えたからです。多かれ少なかれ贈り物にはそんな下心があるもの。ところが一線の病院で働くナース達は3~4年でボロボロになり、ある程度技術を習得した段階でもっと給料の良い、或いはもっと楽な病院へ異動してしまうこともあり、また適齢期の女性が多いことからめでたく結婚して専業主婦になってしまうナース達がいることも確かです。私は開業して間もなく、特に手術を要するような患者さんを見つけた場合には自分の親しい先生に患者さんを紹介し、そして術前や術後間もなくよくお見舞いに行ったものでした。親しかったナースに”特にボクの患者さんを宜しく頼むね”と云っておくと、後日退院してまた診療所に来られた患者さんから”ナースの誰々さんがとっても良くしてくれた”なんて伝えられると嬉しくて、たまにそのナースにご馳走したりしたことがありました。やはり贈り物もそんな下心があるからこそやるのではないかと納得してしまっています。しかし時が経つに連れてナースステーションには一生懸命探さないと知っているナースがいなくなったり、ついには一人もいないなんてことになってきてしまいます。それはもちろん当然のことではあるのですが。術後に2泊から3泊泊まるHCU(High Care Unit=ICUに入るほど重症ではない患者さんを収容するフロア)は原則家族しか見舞いに行けないシステムになっています。しかし術前に不安が強そうな患者さんや、そこそこ大きな手術をしたような患者さんには術後2~3日目に私が顔を出して励ましたり、主治医から手術の結果を聞いてそれをかみ砕いて説明したり、時には根治的な治療が出来なかった患者さんに少しでも希望を持たせるためにこのHCUへ出向くことがありました。もちろん家族ではありませんが、その患者さんのホームドクターとしてHCUの婦長さんから許可をもらって患者さんに会わせていただいていました。大体が顔パスなのですが、そのうち顔を知らないナースから家族以外は面会できないとむげに断られたり(もちろんそんな時は知っているナースを捜しますが)、時には会えないまま引き返してきたりすることも多くなり、ついにはTak先生の顔も通用しなくなってきてしまいました。もう15年経った今現在でもかなり地位の上がったナースが数名在籍してはいますが、結局そんなことが続き、病棟へ贈り物をすることはなくなってしまいました。やはり下心が通じない相手にはプレゼントをしてもダメなのと一緒なのでしょうか?
さて私が受け取った贈り物にも困ったものがあります。酒屋さんが品物を持ってきて”○○町の△△さんからです”と云われましたが、△△さんなんてありふれた名前の患者さんは当院に二桁の人数がいます。酒屋さんのご主人に”△△何さんですか?”と尋ねると”△△と云えば分かると云っていましたよ。”って。いいや? 分かんないよ....、品物にも姓名しか書いておらず、御礼の返事が出せないなんてこともありました。更には本人が置いたのか、或いはお店の人が届けたのか分かりませんが、玄関にやはりありふれた姓名だけが書いてある品物が置いてありました。申し訳ないけれどこんなのはゴミ箱行きですよ。我々だって恨みを買うことがないわけではないですからね。
以前にこんなことがありました。当院の患者さんでありながらまた私の親しい先生のところで働いている人。この人が何やらお歳暮を持ってきたようです。診察の時にでも渡してくれれば良いものを、他の患者さんを診察室のマイクで呼んだときにいきなり呼んだ患者さんを引き留め、割り込んで診察室にその人が入ってきました。私は怒りました。「ボクが××先生のところでそんな風に患者の前に割り込んで行ったらあなたはどう思う?」 自分だけが特別だと思うあまりに云い返してきたので、私は烈火の如く怒りました。結局”要らないから持って帰れ!”と云うことにまでなり、その患者さんとは縁が切れました。私に贈り物なんかしなければ未だにお付き合いが続いていただろうに。却って贈り物をすることが悪い方向に向いてしまうこともあるようです。
ものを渡すタイミング、シチュエーションもなかなか難しいことがあります。それこそ学校で好きだった女の子にプレゼントを渡す場合なんてのもそうでしょう。彼女の機嫌が良いとき、しかも誰も見ていないときをドキドキしながら探す、結局渡せないでその日は持って帰ってきたなんてことも多くの人が経験しているのではないでしょうか? 今や娘の学校では先生から”バレンタインデーのチョコは宅急便を使うようにして学校へは持ってくるな”と云う指示が出ているようです。宅急便ではあの昔の想い出になるような心臓のドキドキは経験できないですね、きっと。それもいささか寂しい気がします。