仕事は楽しいもの? 厳しいもの?
ふと聞いたラジオ放送での話題です。仕事は楽しいものか? 厳しいものか? 別にこの二つは排反事象ではなく、両立もする事だと思います。私に云わせれば”仕事は楽しい、だけど厳しい”と云ったところでしょうか?
いつも私は自分自身にも他人にも問いかけます。今やっている仕事が楽しいか、楽しくないか? 私個人的には今の仕事は楽しいのです。学生時代はただひたすら知識、それも未だ自分で遭遇しない、そして役立たせることの出来ない知識の集積に努めてきました。もちろん学生時代の遊びは楽しかったのですが、学生の仕事たる勉強はそれほど楽しくなかった、しかし卒業して間もなく、研修医の目の廻るような忙しさの中でも充実した仕事の中で楽しさを感じていたのは事実です。そして研修終了後、楽しくないわけがありません。自分の知識が増えていくことが快感であったし、何よりも患者さんが私に命を任せてお腹を開けさせてくれる、楽しくないはずがないではないですか? この頃は”やはり医者って面白い!”と満足していた時期でもあります。学会発表や基礎の研究はそれほど面白いものではありませんでしたが、私はもともと臨床が大好き、犬やネズミを相手に仕事をしているより、生身の患者さんの診療に従事することが何とも楽しかったものです。今の私から見れば考えられないくらい遊びませんでしたけれど。大学病院の仕事が終わると今度は当直のアルバイト。口うるさい上司から解放されて自由を感じるとともに、自分一人に責任を任される、場合によっては不安な日々を過ごしていたものです。でも責任を任されると云うことは楽しいことなのです。
一方で仕事は厳しいもの。それは当然でしょう。場合によっては患者さんの命をも左右させるような重責に押しつぶされそうな時期もありました。研修医時代は正に下積みの時期、今何の気なしに自分の得意なものとしてやっている内視鏡も、4ヶ月の研修期間で機械を操作して診療をするのは最後の1ヶ月だけ。それ以前の3ヶ月は”ファイバー洗い”(当時は電子スコープではなくファイバースコープだった)と呼ばれ、先輩医師が検査を終えてホイっと渡される内視鏡を流しに持っていって一生懸命洗う(もちろんこの頃はヘリコバクター・ピロリなんてものが胃の中に存在するなんてことは全く気付かれていませんでした)、ファイバーを洗う以外の時間はただひたすら先輩医師の操作方法を盗み取り、レクチャースコープでその先輩の説明を聞いているのみ、そうやって診断の為の目を養っている時期でした。これは決して楽しいものではありません。以前ホームページの何処かに書きましたが、内視鏡室にローテーションしている時は病棟free、つまり夜中に叩き起こされることはなく、次々と外の当直アルバイトの日程が埋まっていきました。原則夜のバイトは週に1回でしたが、そんなのは名目だけの話し。断らなければ1週間の7日全てがアルバイトで埋まってしまうほどの勢いでした。でも外に出ると医師としての仕事をするのが楽しかったものです。決して厳しいと云う感覚はありませんでした(睡眠を確保する時間が取れないだけ厳しかったのかも知れませんが)。大学病院を退職して日赤に移ってからは毎日が手術の日々、原則月、水、金曜日が外科の手術日でしたが、緊急手術はそれ以外の日にも遠慮なくやってきます。そして日曜日の当直の日にも結構な確率で緊急手術。これこそ肉体的に限界に近いくらいの厳しさでしたが、それはそれは楽しいものでした。
さて開業してからは? 大きな手術のためにメスを持つことはなくなりましたが、顔なじみになったおじいさん、おばあさんの外来だけの診療でも楽しいものです。医師である以前に経営者であることの仕事の多さに厳しさを感じましたが(診療行為だけでなく、未だに続くデスクワークの雑用や金銭出納帳の記載に始まる自分の診療所を維持するための仕事の厳しさ)。いくら患者さんの病態が思うように行かなくても、税金を払うための仕事に比べれば遙かに楽しいものでした。開業して間もなく、自分の診療所に来てくれる患者さんと話をするのが何とも楽しく感じたものです。もちろん通常の外来での診療行為にも厳しさはありますよ。間違えれば人の命すら脅かすことさえもあるわけですから。
もちろん仕事に厳しさを忘れては良い仕事が出来るわけがありません。ますます以て厳しくなる医療環境、充分に厳しさを味わっています。医療とは楽しい傍ら、人の命をも預かる厳しい仕事です。以前にも書きましたが、看護学校での講義の一番最初に「君らは良い仕事を選んだ。少なくも食いっぱぐれることはないから。でも是非自分の仕事を楽しいと感じられるくらい好きになって欲しい。もし仕事がイヤであれば、看護職ほどの地獄を味わう仕事は他にないだろう。」と説いています。だってそうでしょ? これからは看護師ですら個人的に訴訟を受ける可能性もたくさんあるんですから。