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辞め方

 二・八・十一月は水商売が売り上げの落ちる月、したたかな彼らもそれに備え知恵を絞ります。よくお店は料金を少し安くして前月に前売りのチケットを売り出します。馴染みの相方から「先生、私チケットを5枚売らなければならないの。お願いだから買って......。」と云われれば、鼻の下を伸ばしつつやはり買わざるを得ずにつき合ってしまうもの、買ったチケットは預かっておいてよ、と彼女に持たせておきます。ところがある日彼女から「突然お店を辞めることにしました。先生のチケットを預かっているから、来週の火曜日までに来てチケットを使って下さい。」とメールが来て、私はギリギリの日にお店へ行きました。その火曜日に行った日、彼女曰く、今日で辞めることはお店にも云ってないの、次の出勤日にはそのまま連絡もしないで消えるの.....。とのことでした。まぁ、連絡もなしにチケットと一緒に彼女が消えたら詐欺のようなものですが、きちんと義理堅く私に連絡をくれただけ彼女の行動は私にとっては良しとしましょう。そんな世界ですからイヤなこともあるでしょう、お店や同僚とのトラブル? それともイヤなお客に言い寄られて断った? しかし敢えて辞める理由を問うような野暮は止めておきましょう。「いずれまた僕に連絡が来る?」と云う私の問いに、「先生には連絡したい......。」との返事。しかしこの後、彼女にはいろいろ云いました。「もうこの店のグループ傘下の店には就職出来ないぜ。」 「店はアパートの住所を知っているんだろ? 押し掛けてこない?」 「新宿をウロウロするとまずいんじゃない?」 理由はどうあれ、そんな辞め方をする彼女の行く末がちょっと気になります。しかしこの世界ではそんなことはざらにあるとのこと、1週間分の給料をふいにするけどそれで良いと彼女はケロッとしたものでした。「そう? よくあることなんだ.....? 僕は自分のスタッフにそれをやられたらたまらないな.....。」 と思いつつ、ふと考えたら診療所でそんなことが何回かあったのを思い出しました。

 通常私の診療所のスタッフが辞めるのは壽退社が多く、それもお腹が大きくなっていよいよ動けなくなる時、或いは何時いつ付けでご主人の転勤でやむなく、だから私の方も次のスタッフの補充に充分時間的な余裕があります。実際にお腹が大きくなって辞めて行ったスタッフは退職後も子供の予防注射や風邪を引いたときなど、引き続き良いおつき合いが出来ます。ところがろくな辞め方をしなかった元スタッフは当然私の診療所へは二度と来ません。当然のことでしょう。当院では退職に際しては必ず1ヶ月の猶予を以てこちらへ通告するよう雇用時一番最初に云い渡します(しかし弁護士さん曰く、法律的には2週間と定められているので、先生の申し入れは無効だよと云われました。でも、私は父が亡くなった後も1ヶ月間病院を辞めることは出来ませんでした。例え父の診療所に患者が来たとしても、午後4時までは診察する医師はいませんでした。)。しかし正直なところ、あまり専門科を問わず何でも診ますと云う診療方針の私のところで仕事をする、特に看護師やパラメディカルスタッフにとっては私の診療所は非常に辛い仕事場なのかも知れません。余裕を持って仕事をしたい? そんなことを口走った元ナースもいましたが、それは到底無理なこと。私だって今の診療中に余裕なんてなかなかありませんよ。2例ほど例の新宿の彼女のような辞め方をしていったスタッフを思い出しました。
 まずは一人目、如何にも自信のない彼女でした。しかし子供を抱えて離婚したばかり、だからこそ頑張ってくれる、私はそう期待していました。ミスをしながらも何とかついてきているように私は考えていました。最初の2ヶ月は新規スタッフは使いものにならない、だから私は新人を怒ることはありません。当院のベテランのナースにも彼女どう? と時々探りを入れます。ある日、連絡もなしに彼女は出勤してきませんでした。もともとそんな無断欠勤と云うものに私は免疫が出来ていません。どうした? と尋ねるために当院からは割と遠い彼女の自宅に電話をしましたが電話には出ません。午前11時頃になっていよいよ不安になり、調べて彼女の家の近くの交番に連絡、「もしかしたらガス漏れの事故にでも遭っているいるのかも知れない。」と警官に見に行ってもらうよう頼みました。しかし家の中にはそんな気配がないとの返事。結局その日の午後、彼女から電話がありました。「もう限界なんです!!」 泣きながら訴える彼女に警察まで連絡したことを報告、翌日にこちらに来させてその日付で退職となりました。1ヶ月の猶予なんて約束は屁の足しにもなりません。
 もう一人、就職してわずか1ヶ月、就職時には自分は何でも出来る、順応出来ると自慢の彼女でした。当初はまず当院の何処に何があるか? 点滴セットは? 包帯は? 膀胱洗浄用の生理食塩水は? 正直なところ私もあまりにものが多すぎてナース任せにすると自分の診療所のもののありかも分からないほど。新規採用のスタッフは最初の2ヶ月はものにならない、私は口に出して新規スタッフにそう云います。むしろそう云ってしまった方が右往左往する新規スタッフにとって気が楽になるのではないか? そう考えています。むしろ受付なりナースなり、新スタッフは私の癖まで染みついたベテランのスタッフから手ほどきを受けます。しかしその彼女は遂には仕事の途中で泣き出す始末、まぁ恐らくうちでは無理だなと思っていた矢先、突然無断欠勤となりました。数日後、封書で手紙が。自分の一方的な理由ばかりを書いて最後の出勤日付で辞めるとのこと、それまでの給料は振り込めと振込先まで書いてありました。私の診療所の近くに住んでいて、そんな辞め方で良いの? と私は考えましたが......。
 それ以外にも決して円満ではない辞め方をしたスタッフは結構います。だから私にはようやく分かってきました。きちんと仕事を続けられる人間と、そうでない人間と2種類しかいないと。どっちつかずの人間は殆どいません。そしてそれは初めから続く人間なのかそうでない人間なのかは決まっています。それは決して途中で修正できるものではないようです。例え新しい職種であっても、続けられる人間は順応しようと努力をします。そしてその努力は必ず実ります。そのような辞め方をする人間は必ず入職後間もなく。2年、3年と続いた人間がそんな辞め方をすることはありません。だから最近は従業員が泣きながら辞めると云うことに対して免疫が出来てきました。逆にあまり気にしなくなりました。だから前述の2例目の時には特に私の方から連絡をする努力もしなかったし、その程度の人間を面接で見抜けなかったと自分を責めるのみになってきました。現在私の診療所に勤めてくれるスタッフはもう長期生存組ばかり、10年選手が3人います。そう、女房よりも一緒にいる時間が長いんです。医師である前に経営者たる私にもそんな悩みはいくらでもあるのですよ。
 前述の新宿の店で彼女とのつき合いはそれほど永くはないもの、その最後の逢瀬の日、彼女に預けておいた前売りのチケットを使い、1時間足らずで店を出た私の支払いは彼女のためにオーダーしたドリンク代の¥1.050-だけでした。またの連絡、気長に待っていますよ.......。