大企業と中小企業
少しは景気が回復してきたのか? 大企業では数年ぶりにボーナスアップ、そして中小企業も少し息を吹き返してきた、テレビや新聞の報道を見てそんな感触を持ち始める今日この頃です。もちろんとてもとても安心できる状態ではありませんが。どう考えても今の行政では大企業優先、もし二人の患者が同時に心肺停止を来したら金持ちを先に蘇生する? それとも若い方? 医者としては両方とも同時に蘇生すべく努力をするでしょう。しかし政府はまず金持ちを助け、そしてあまり裕福ではない中小企業の番になり、そしてやっと一般消費者のサイフが弛む、そう、個人消費が伸びなければ景気が回復したと云う判断は出来ないはずです。ではその一方で東京の片田舎で小さな診療所を経営する私は? 当院にも様々な業者が出入りします。つき合う相手を選ぶのは完全な私の独断、お前は気に喰わないからつき合わないよ、と云うのも自由だし、当院に尽くしてくれる若い担当者を新宿のキャバクラに連れて行ってもてなす(最近は業者からのもてなしは以前に比べればかなり少なくなった)のも私の自由です。「○○診療所では一生懸命やるとそれが成績に繋がるからやりがいがある。」 これは嘘偽りない当院担当の担当者の言葉です。そう、私はそんな一生懸命やってくれる担当者を可愛がってきました。そのかわり一生懸命やらない奴とは話をする時間ももったいないと云う考えです。スタッフも全く同じ。もちろん彼らも企業に属し、当院と取引をする上で利益を追求する、医療行為には利益を追求することが医師法で禁じられているのでそこに歪みが出来、つき合って行く上で私の大いなるストレスになるのも事実ですが、また可愛がっている担当者の成績が上がり、係長になった、課長になったなんて知らせを聞くとそれはそれで大いに嬉しいものです。さて本題に入りましょう。
私が診療所を維持していく上で、様々な業者とつき合います。何故か私の診療所のランニングコストは高いものについているようです。その時、競合する会社から何処を選ぶか? 他人の推薦もあれば自分でじっくり調べて選択する、或いは見積を出させて天秤にかける、とりあえずつき合ってみてダメならすぐに切る、いろいろな方法があります。しかしその選択肢の中で大企業と中小企業があったら? 私の診療所の如き小さな診療所は間違いなく中小企業、周囲には都立病院あり、▲▲▲赤十字病院あり、□□大学病院あり、そして最近では◇◇記念病院(正直なところ、この病院のスタッフ、設備、診療内容のレベルの高さには舌を卷いています)が出来、こことも非常に密接な関係を持つようになってきました。しかしながらこのような大きな病院と我々のような小さな医療機関は上手く棲み分けが出来ており、それぞれの機能を活かしながら共存、そしてお互いに関係しあいながら診療に当たっています。ところが一般の企業はそんな棲み分けをしていません。正に弱肉強食、大企業が中小企業を喰っているのは間違いのない事実です。以前にもコラムに書いたように、当院周辺の商店が近くに出来たマーケットに客を取られほぼ全滅、そしてそのマーケットが駅前に出来たより大きな店舗に生存を脅かされているのも事実です。では私がつき合う企業を選ぶとき、大きな企業とつき合っておけば安心? 実はブランド志向と云うわけではないにしても、大企業とつき合うことが自分にとって安全だと漠然と考えていました。しかし最近はその考え方もちょっと間違っているのではないか? と考えるような事例がたくさんあります。
例えば当院もビルメンテナンス会社と契約を結んでいます。冷暖房の切替、貯水槽の清掃に始まり、空調関係や水廻りは全てこのビルメンテナンス会社に任せています。今の業者はテレビCMも出すような大企業、しかし以前は個人でやっているような設備会社に面倒を見てもらっていました。契約料は以前の5倍、定期的に当院へ来てスケジュール通りに機械のメンテや作業をしています。しかしこの会社にしてからいろいろと機械のトラブルが多くなりました。毎回メンテに来るのは違う人間、当院のボイラーやクーリングタワーが何処にあるのかも分からない奴が来ていちいち案内しないとダメな場合もあります。トラブルが起きればまた違う人間が来る、そしてクレーム処理の人間も名刺を差し出すような始末。かつでの会社はいつも同じ男が来て、「頼むね。」の一言で全てが順調に行っていました。本当はこの会社にメンテをさせたいと私は云ったのですが、同じく私の診療所を改築した大企業(これもテレビCMを出すような超一流大企業)から下請けの今の会社と契約を結ぶよう強制されました。私は元の会社にお詫びをしましたが。つい先日あまりのトラブルの多さに「コストを上げるために必要もないところをいじるからおかしくなるんじゃねぇか?」と勘ぐりの一発をかましました。確かに会社に多くの人間がいればそれを養うためにより仕事を増やさなければならない。当院を改築した大企業のゼネコンも何かとコストがかかりました。ここに任せておけば大丈夫だろうと思った会社の担当者を何回怒鳴りつけたことか? 結局! こんな大企業は小回りが利かないのです。大病院で待ち時間が長いのと同じ、なかなか個人のニーズに合った動きはしてくれないとに気づき、最近は思い悩むようになりました。
コンピューターのメンテも一緒です。やはりレセプト関連のコンピューターに関してメンテ契約を某大企業と結んでいますが、それこそ当初は名も知らぬ中小企業からラブコールの連続でした。しかし、それこそ契約を結んで倒産でもされた日にゃ目も当てられません。現に私の友人医師が電子カルテの導入契約を小さな会社と結び、すぐにそこが倒産して200万円の損害があったことを聞きました。だから潰れないはずの会社と契約を結びましたが、これまた人ばかり多くて小回りが利かない、私よりパソコンの知識のないような輩が偉そうなことを云って烈火の如く怒ったことがあります。ひどいものでした。
一方で中小企業ならぬ小企業でも一生懸命やってくれるところがありました。以前使っていたMac用のレセプトシステムを見てくれていた会社はほんの数人の小さな処でしたが、痒いところに手が届くメンテをしてくれていました。しかしその優秀なプログラマーが胃潰瘍(恐らくはストレス性でしょう)を患い、結局退社を余儀なくされたことも聞きました。本当に残念な思いでした。
長いつき合いをしていかなけれならない時の相手選び、それこそ結婚と同じような感覚で捉えないといけないようです。とりわけこの10年くらいでそんなことを思い知りました。そして気にくわない時は遠慮なくその旨通告して縁を切る、そんな英断も大切であることを思い知りました。また新しい相手とつき合い始めるとそれなりの苦労、不安はついて廻るものです。しかしそれを億劫に思い手を抜くと、そのしっぺ返しは必ず自分に戻ってきます。私にもずいぶんしっぺ返しが来ました。後悔先に立たず、そんな思いを繰り返しています。ただそんな中で、例え大企業であろうと中小企業であろうと、たまたま担当になった相手次第で、これまた大きくその後の天国と地獄が別れるのも事実のようです。しかも悪いことに彼らのような企業には必ず配置転換がつきもので、つき合いたい相手とのつき合いを無理矢理剥がされることもままあります。要は運次第なのか? そんな中で相手を見抜く洞察力も経営者として要求されているのも事実でしょう。